いじめの構造 | パパ・パパゲーノ

いじめの構造

 内藤朝雄『いじめの構造―なぜ人が怪物になるのか』(講談社現代新書)を読みました。池田信夫さんのブログで紹介されていた本です。聞きしにまさる問題作でした。


 いじめは、日本だけの問題ではなく、学校社会だけの問題でもない。ある条件を満たす閉鎖社会が成立すると、だれでもが「怪物」になりうる、人間性の一側面が極端に肥大した場合の、いわば「普遍的」行動なのだ、ということが、おぞましい「いじめ」のケース報告を通して順次明らかにされていきます。


 ある条件とはなにか。普通は隠れているが、だれにでもある「嗜虐的攻撃性」(他者を苦しめて喜びたいという性向)を発揮しても罰を受けないで済むようなシステムが、社会的に容認された場合。学校、軍隊、若衆組などが例としてあげられます。運動部などもこの例に入る。


 いじめをなくす処方箋も、もちろん、提案されています。本書では、学校(主として中学校)でのいじめが集中的に論じられます。深刻な事件が多発しているので、解決を急ぐ必要があるのはもちろんですが、システム全体を変更しないと、いつまでもいじめはなくならない。まず、学校も法の下に置く、という当たり前の社会にするべきだという。リンチをして怪我をさせたりしたら、即座に警察が介入するというような(今の学校がおそらく、もっとも忌避するだろう)状態にする。もう一つは、赤の他人同士が「同じクラス」という一体感を強要されてしまう、現行の「学級制度」を廃止する。私は、これだけでも、いじめの多くをなくすことができるだろうと思います。


 「人はなぜ人をいじめたがるか」という、まだ解答が得られていない難問に、解決の糸口を与えることになりそうな刺激的な研究でした。ことは急を要するけれど、目前の弥縫策に逃げ込むことなく、「社会」や「世間」が形造られてきた歴史を踏まえた上で、システムの転換をはかるべし、という主張には共感を覚えます。


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