富士山 | パパ・パパゲーノ

富士山

 富士山(作品第肆)   草野心平


川面(づら)に春の光はまぶしく溢れ。そよ風が吹けば光たちの鬼ごっこ葦の葉のささやき。行行子(よしきり)は鳴く。行行子の舌にも春のひかり。


土堤(どて)の下のうまごやしの原に。
自分の顔は両掌(りょうて)
のなかに。
ふりそそぐ春の光りに却つて物憂く。
眺めてゐた。


少女たちはうまごやしの花を摘んでは巧みな手さばきで花環をつくる。それをなわにして縄踏び(なわとび)をする。花環が円を描くとそのなかに富士がはひる。その度に富士は近づき。とほくに坐る。


耳には行行子(よしきり)
頬にはひかり。


 ヨシキリというのは、うぐいすの仲間の小鳥のようです。行行子(ぎょうぎょうし)とも言われるほど、鳴き声が騒々しいのだそうです。「うまごやし」は草ですね。馬が食うと肥えるから、この名がついた。クローバーのことだ、という人もいるけれど、それは間違いなのだそうです。今知ったことです。


 詩の表記は、昭和34年に平凡社から出版された『日本詩歌集』によっています。「光、光り、ひかり」と使い分けたり、句点を読点代わりに使ったり、ずいぶん乱雑な表記法のような気がします。


 しかし、富士山を背景に、春の川のほとりの光景が、音や色や風とともに眼前に浮かんでくる、気持ちのいい詩ですね。


 この詩(第肆というのは第四と同じ)を含む、「富士山」という詩集から5編を選んで、「男声合唱組曲 富士山」というのを、多田武彦が作曲しました。学生のころ、その合唱曲を歌ったことがあるので、この詩を見つけたらなつかしくて、ご紹介したくなりました。


てんとうむし        てんとうむし        てんとうむし        てんとうむし        てんとうむし