スキーの思い出 | パパ・パパゲーノ

スキーの思い出

 子どものころ、冬の遊びはスキーに決まっていました。小学校の裏山の木の生えていない斜面が遊び場です。スキーを、傾斜に対して直角にあてがって上に踏み固めてゲレンデを作り、そこで滑るだけですから、ほんの10数メートルの距離です。ジャンプ台のようなものも作って、けっこう面白かったものです。ワックスなどという上等なものはなかったので、ろうそくを缶詰の空き缶で溶かして板に塗ったりしました。もちろんエッジもないので、スピードもそんなに出ません。


 高学年から中学校に入った頃は、少し山の奥に入って、150メートルくらいの斜面に挑みました。もちろん、リフトもなにもないのですから、滑り降りたらてっぺんまでスキーをV字型にして登り、一息いれてまた降るということを、日が暮れるまでやっていました。


 本格的なゲレンデ・スキーは、高校生になってからです。それも1回か2回。いきなり2キロくらいをすべり降りるスキー場でしたが、最後の方は、いわゆる「膝が笑う」状態になって、こわくなったのを覚えています。


 25歳くらいのときに、レタポア(Le Trappeur)という、ブランドもののスキー靴を大枚をはたいて買いました。それも2度履いただけで、長い間会社のロッカーで眠らせてしまいました。1度目は長野の白馬岳の、世界選手権も行なわれたコースで、2度目は菅平スキー場。それ以来、40年ほどスキーを履いたことがありません。


 小学校へ上がる前の子どもが最初に与えられるスキーは「竹スキー」でした。30センチほどの、底が平らに近い竹を、節の下10センチあたりで湾曲させただけの簡単なスキー板。その上に長靴のまま乗ってちょっとした斜面を下るだけ。ナイキというスポーツ用品のブランドのロゴ・マークを見ると、昔のその竹スキーを思い出します。


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