晴れがましい
作家の井伏鱒二が文化勲章をもらったときのインタビューで、「晴れがましいような気持ちです」と答えてから、辞書を引きなおして、その辞書には出ていなかったけれど、「てれくさいという意味です」と言った、ということを石井英夫さんが書いています(『WiLL』 3月号)。
いつも引く『明鏡国語辞典』ではこうなっています。
①いかにも表立っていて、はなやかであるさま。「婚礼の晴れがましい 場に臨む」②表立っていて、恥ずかしくも名誉に思うさま。世間に対して誇らしく思うさま。「晴れがましい気持ちで旗手を務める」
井伏さんの使い方は、明鏡の②に近いようですが、「誇らしく思う」ところはなかったのかも知れません。「思いがけず表立ってしまったので、それが面はゆい」くらいの意味で使っていると思われます。
この「がまし(い)」は、平安時代からある接尾辞なんですね。名詞に付いたり、動詞の連用形に付いたりして、「…らしい、…のきらいがある、…の傾向がある」など、状態や物に似ていることを表したものです。つまり、「状態そのもの、物それ自体ではない」ところがポイントです。もっとも、「似ている」と言いながら、それ自体の強調である場合もある(明鏡国語辞典はそこを強調していますね)ので、ひと筋縄ではいかないのが言葉の複雑な性質です。
催促がましい 押し付けがましい
あてつけがましい いいわけがましい
差し出がましい 恨みがましい
未練がましい 烏滸がましい
などと並べてみると、「…らしい」と言いながら、かえって強い言い方になることもあるのが分かります。なお、これらの例は『日本語逆引き辞典』(大修館書店)から拾ったものです。こういうときに、威力を発揮する辞書です。
上掲の、「未練+がましい」のように、一語になってしまった「名詞+がましい」の他に、純然たる名詞に「がましい」を付けて違和感がないケースもあります。
稽古がましい事もやらない
批評がましい批評も加えない
結びが否定文でないとそぐわないかもしれません。