リテラシー | パパ・パパゲーノ

リテラシー

 最近は「コンピュータ・リテラシー」とか「情報リテラシー」とか、という組み合わせを目にすることが多くなりました。「リテラシー(literacy)」は、「読み書きする能力」のことを指します。「識字率」は英語で言えばリテラシー・レイトということになる。この能力を欠く人を、昔の言い方では「文盲(もんもう)」と呼びました。今では、使ってはいけない言葉になってしまったらしい。読めないケースの場合にこう言いました。読めなければ書くことはまずできません。もっとも今や日本では、文字の読み書きができないという人は、まず、いませんから、文盲という語もいずれは消えていくのでしょう。


 コンピュータを使って、メールのやりとりをしたり、インターネットにアクセスして情報を得たり、音楽をダウンロードできたりする能力のことを、おおざっぱに「コンピュータ・リテラシー」と言うようです。


 もの心ついたときから、コンピュータにふれている今の子どもたちのその能力が、親の世代よりはるかに高いのは当然です。電車の中で、一列になった全員が、ケータイ(やテレビゲーム)に没頭している光景は一種異様なものに映りますけれど。


 麻生太郎首相が漢字の読み間違いをしたといってずいぶんからかわれていましたが、こちらは「読字障害」(「失読症」とも:ディスレクシア)というものではあるまいか、という指摘を読みました。他の知的能力は正常なのに、読み違えをしばしばする病気なのだそうです。アインシュタインがそうだったらしい。もうひとり歴史上の大物もそれだった、とあったはずですが、名前を失念しました。もっとも、「文盲」というのも、覚える機会がなかったためにそうなっただけで、他の知的能力に欠陥があったわけではなさそうですから、この二つの概念のどこに違いがあるのか、それはよく分かりません。


付記:まったく偶然ですが、トム・クルーズ も失読症を克服したのは、何とかいう宗教のおかげだったということを自身が明らかにしたそうです。


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