おそまつさま
神保町の、有名な老舗の蕎麦屋の先代のおかみさんは、勘定を払って店を出る客に、「おそまつさまでございました」と挨拶するのが常でした。そう言われると、なんだか本当にまずい蕎麦を食べたような気になったものです。
「粗末な食事」とか、「お金を粗末にするものでない」とか、「お」のない「粗末」は、「雑;貧相;ぞんざい」などの概念をあらわしますね。それに「な」がついて「形容動詞」という品詞に分類されます。
いつも頼りにする『明鏡国語辞典』には「お粗末」という見出し語も出ています。「上等でないこと、出来のよくないことを軽蔑して、また、謙遜・自嘲の気持ちを込めていう語」と説明されています。品詞は「名詞・形容動詞」。「われながらお粗末な話だ」「お粗末様」という例文が添えてある。
「おそまつさま」という挨拶は、「提供したものが粗末なものだった、すみません」という、謙遜とお詫びの気持が含まれています。それに、「ございます」を付け加えると丁寧の度が過ぎて慇懃無礼に響くのですね、おそらく。「おそまつさま」は、ご商売の用語としては適切ではないのでしょう。ご近所や、家族・親戚・友人などの関係で使うのにふさわしい言葉だと思います。
似たような表現に「おあいにくさま」というのもあります。『明鏡国語辞典』では、「お生憎様」で見出し語に立っています。「おあいにくさまですが、今日はもう閉店でございます」「おあいにくさま。そんなご心配はご無用です」というのが例文。「ご期待にそえないで申し訳ない;悪いけどあなたなんかのご期待に添ってやるもんですか」という、お詫びと皮肉と、ふたつの使い方があります。
ことばの構成としては、次のような表現と同じなのに、ことばの働きがちがう。
お二人さま お姫さま お客さま
「お~さま」の~の部分が、具体物と抽象概念の違いだと説明できるのでしょうが、「カタチが同じなら意味も同じ」という大原則に照らして統一的に説明してくださる方はいないでしょうか。前から気になって仕方がないのです。
というわけで、どうも、はばかりさま(これには「お」がつきませんね)。
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