ミカエラの詠唱 | パパ・パパゲーノ

ミカエラの詠唱

 「詠唱」というのは、国語辞典の語釈では「節をつけて詩歌を歌うこと」というのが最初に出てきます。(漢和辞典にはこの熟語は見えませんから、漢語にはない言葉らしい。)杜甫や李白の詩(だけではなく、頼山陽や乃木希典などの作品のこともある)を読み下し文にして声を出して歌うことがありますが、それは「吟詠」と言って「詠唱」とは言いません。百人一首のカルタとりで読み上げるのも、節は付けるけれど、これも「詠唱」とは呼ばない。具体的にどういうジャンルの詩歌を歌うのか、よく分かりません。
 
 オペラのアリアの訳語としては「詠唱」という熟語が前から使われてきました。劇で言えば登場人物の状況や心理を描写する台詞にあたる部分、にメロディーをつけて(しばしば早口で)歌うのをレシタティーヴォ(レチタティーヴォとも)と言いますが、それの訳語は「叙唱」です。それと対になる、
感情が高揚して、台詞を歌い上げる部分の歌が「アリア」(詠唱)と呼ばれました。『リゴレット』の「女心の歌」(風の中の羽根のように)とか、『フィガロの結婚』の「もう飛ぶまいぞこの蝶々」などがそれです。
 
 とは言え、「女心の歌」を「マントヴァ公爵の詠唱」、「もう飛ぶまいぞ」を「フィガロの詠唱」と言ったのを聞いたことがない。同じように、「ヴィオレッタの詠唱」(椿姫)、「ジルダの詠唱」(リゴレット)、「ブロンデの詠唱」(後宮からの誘拐)などとも(普通は)言いません。
 
 ビゼーのオペラ『カルメン』の、ミカエラ(ドン・ホセの許婚)のアリアの場合には、どういうわけか「ミカエラの詠唱」ということが多いのですね。昔、「音楽の泉」というNHKラジオのクラシック音楽番組(もちろん今でもやっています)の中で、こう言われたのをよく覚えています。
 
 心変わりをしてしまった(らしい)婚約者を想って歌うミカエラの歌は、「詠唱」という語が「詠嘆」の響きを伝えるからかもしれません。カラヤン指揮の『カルメン』(CD、1963)で、ミレッラ・フレーニがミカエラを歌っています。ドン・ホセ(フランコ・コレッリ)との二重唱「母のことを聞かせてよ」が、これまでに聞いたどの組み合わせより、すばらしい出来上がりです。


てんとうむし        てんとうむし        てんとうむし        てんとうむし        てんとうむし