これを楽しむ者にしかず
『論語』という本を通して読んだことがありません。もともと通して読むための本ではないでしょうが、とびとびにでも全部を読んだことがない。気に入った文句の出てくるところを拾い読みした程度です。
子曰く、これを知る者は、これを好む者にしかず。これを好む者は、これを楽しむ者にしかず。
という文があります。ここに出てくる「者」は、原文でも「者」ですが、注釈本をみると(別々の2冊)、どちらも、「人」の意味には解釈していません。ちょっと読むかぎりではこう解釈したくなります。
これ【学問にしろ、趣味にしろ、仕事にしろ】を知っているだけの人は、好きでやっている人にはかなわない。好きでやっている人も、楽しんでやっている人にはかなわない。
こういう意味だと思ってきました。それでも間違いとは言えないはずです。ところが、注釈本の解釈はこうなっています。
何ごとであれ、知るということだけでは、まだこれを愛好することに及ばない。愛好することは、楽しむことに及ばない。
つまり、「知る→愛する→楽しむ」という段階を登っていくのが、何ごとをなすにしても大切なのだ、という教えになっていました。他者と比較して優劣を決めてはいけない、というわけです。
楽しめる境地に達するために努力する、というのもなんだか功利主義の匂いがしませんか。ここは、なんでも楽しんでするのが最高だ、そうだそうだ、と自分に都合のいい方に解釈しておきます。だいいち、そのほうが気が楽です。
今日で満64歳になりました。往時茫々。
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