リバタリアニズム | パパ・パパゲーノ

リバタリアニズム

 最近、ブログやネット上の議論(政治的、経済的、法律的議論)によく登場する考え方のひとつに「リバタリアニズム(libertarianism)」というものがあります。誰が言い出したか、語源は何か、という出自のこともそれはそれで面白いのですが、手っ取り早くその主張の核心と思われるところを示せば下のようになります。

【森村進著『自由はどこまで可能か―リバタリアニズム入門』(講談社現代新書1542番)が参考書です。この本は、むずかしい話を分かりやすく語る啓蒙書の模範と言うべきものです。】


 ①各人は自分自身の所有者である。(自己所有権)

 ②一般的な行動の自由はこの「自己所有権」による。すなわち、「他人の身体ではなく、自分の身体による行動」である。

 ③「他人の人身や自由を侵害する自由」は認められない。すなわち「殺人や強盗の自由」はありえない。

 ④各人の財産は、経済的自由の産物であるから、自由権の一部とみなす。(著作権のような無体財産権はリバタリアニズムからは認めにくい。)


 なんだか当たり前のことを言っているようですが、理論的に進めていくと、「政府の規模はどのくらいが適切か」、あるいは「そもそも政府は必要か」、というところまで行くといいます。「貨幣も民間で発行して競争させた方が合理的だ」という議論もあるそうです。


 くわしくは、森村著にゆずりますが、たとえば、いま問題になっている官僚の権限の肥大化に対抗するためには、こういう理論武装がぜひとも必要だということがわかってきます。


 語源詮索をひとつだけ。この語の元になったのはフランス語の「リベルテール(libertaire)」ですが、「絶対自由主義」とか「無政府主義」という意味でした。取締りの対象になる過激な思想を指します。「リベラル」という語が、アイマイになったためにあえてこういう激しい語が選ばれたもののようです。


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