これになりたかった | パパ・パパゲーノ

これになりたかった

 大人になったら何になりたいか。子どものころは無謀なことを考えていました。まずプロ野球の選手。長嶋が大活躍をはじめたころです。甲子園で板東・村椿が18回投げ合って引き分け再試合になったラジオの中継にもかじりついていました。打つのも投げるのも、たいして上手でもなかったので、わりに早めにあきらめました。サードとかショートを守っていましたから、大人になって野球を見物していると、どうしても内野手に目がいきました。


 日本ハムだったか、水谷二塁手とか、ヤクルトの角三塁手とか、原辰徳と一緒に東海大相模高校で活躍した森二塁手とか。篠塚利夫(いま和典)選手は、銚子商業のサードのときも、ジャイアンツのセカンドのときも、目のさめるような守備が魅力的でした。ヤンキースのジーターも好きです。


 野球選手と同じか、もっと強く希望をいだいたのは、落語家でした。三遊亭金馬という、出っ歯の落語家が子どもにとっては分かりやすくて好きでした。いまの金馬は、先代の弟子で小金馬と称していました。


 『孝行糖』という、与太郎もののハナシが最初に面白いと思ったものです。


 孝行糖 孝行糖 孝行糖の本来は

 鶴の小米に 鴨の寒ざらし


という売り声で、飴を売る稽古をします。


 金馬の噺ではなかったかも知れませんが、ほかにも、『寿限無』『長屋の花見』『寝床』『時そば』などなど、子どもが聞いても面白さが伝わる落語はたくさんありました。もちろん、今でもすべて高座にかかりますね。


 大学にも「落語研究会」(通称オチケン)があったから、やってみればよかったのでしょうが、江戸の言葉を話すことに気持がすくむところがあって、トライしなかった。


 なりたいと思ったものにはなれなかったけれど、他にもたくさん興味の持てることがありましたから、後悔もしていません。


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