言葉の好き嫌い
清水幾太郎の『論文の書き方』(岩波新書)に書いてあったような気がしますが、清水先生から教わったことの一つに、「文章が上手になるためには、言葉に好き嫌いがあることが必要だ」という意味のことがあります。
清水先生ご自身は、原点、射程などは嫌いだ、と言っていたと思う。生理的な反応なので、リクツではないようでした。
好き嫌いということを言い出すときには、どうしても「嫌い」のほうにかたむきます。
私の場合、嫌いと感じるのは、語句ではなく言い回しになる。「…と言われています」というのがダメです。つい、だれがどこで言ったか、と聞いてみたくなる。「行く」の敬語「行かれる」もなじめません。「いかれた野郎だ」の「いかれた」がダブって聞こえるからでしょうね。
「私ってこれ好きかも…」と、「かも」で止めるのも気持が悪い。むかし、テレビ・ドラマで、岸田今日子・淡路恵子と、もう一人だれかが出ていて、「かーもね」という言い回しがはやったことがありました。こちらは、あまり気にならなかった。
語句では、「水まわり」の「まわり」を、何にでも使う人がいてこれもいやです。「書籍まわりの話題」とか、「カフカまわりのテーマ」とか。「体育会系」というときに使われる「系」も苦手です。
好きな言葉もたくさんありますが、「ひたむき」「けなげ」なんていうのがそれです。
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