三木清 | パパ・パパゲーノ

三木清

 林達夫に「三木清の思い出」と題する文章があります。京都大学で同級生だった三木を回想した文。三木清(1897-1945)は、治安維持法違反の共産主義者タカクラ・テルをかくまったかどで、投獄されて獄中で死にました。


 三木清は岩波文庫の奥付裏のスローガン「読書子に寄す」(昭和2年の日付)の起草者としても有名です。


 「三木清の思い出」は三木が死んだ次の年に雑誌『世界』に掲載されたもののようです。私が最初にそれを読んだのは、『歴史の暮方』(筑摩叢書)だったと記憶しています。いまは、「林達夫著作集・4」(平凡社)にも収録されていますし、林の著作を編んだいろいろな文庫本(中公文庫など)でも読めるはずです。


 三木清という、自己肥大の権化のような友だちを持ってしまった林達夫の困惑がよく伝わってくる文章です。京大生のときに上流夫人と恋仲になって京都ではちょっとしたスキャンダルになったらしいのですが、その夫人のことを「シュタイン夫人」と呼んだりする。自分を、かのゲーテに擬したのですね。


 哲学者としては『パスカルに於ける人間の研究』はじめ、たくさんの啓蒙書を書きました。


 林達夫の評価は、しかし、痛烈なものでした。「三木がその生涯において独創性を示したのは、金釘流の書体だけだった」という意味のことを書いています。独創的だったのは、その下手糞な文字だけ、というのはあんまりですけれど。


 この「思い出」を全文引用しながら日本語の文章について考察を展開したのは、向井敏『文章読本』(文春文庫)でした。名文の誉れが高い「思い出」を語って、一歩も後に引かない気迫を示した、こちらもおすすめの本です。


 ここに出している「テーマ」の「書籍の周囲」というのは、じつは、林達夫著作集の第6巻のタイトルを借りたものです。


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