ロシア文学の訳者たち
亀山郁夫の新訳『カラマーゾフの兄弟』(光文社文庫)が大評判のようで、なによりです。
私どもが若い頃、ロシア文学の翻訳が盛んでした。翻訳権が切れていた作品が多かったのと、切れていなくても、おおっぴらに翻訳してもどこからも文句は出ない時代でしたから、同じ小説の訳書が複数出ていました。
もうひとつ、ロシア文学の翻訳が多かった理由は、ロシア語科を卒業した人たちが、教職に就くことができないので、いきおい翻訳で食べるほかなかったらしいことです。
中村白葉(はくよう、1890-1974)、原久一郎(ひさいちろう、1890-1971)、米川正夫(1891-1965)、湯浅芳子(1896-1990)、神西清(じんざい・きよし、1903-1957)、小沼文彦(おぬま・ふみひこ、1916-1998)と並べてみると、この人々が日本の文学状況をどんなに豊かにしてくれたことか、感謝のほかありません。
トルストイも、ドストエフスキーも、ゴーリキーも、ツルゲーネフも、作品がほとんどみな日本語で読めるのですから、なんとも幸せな時代でありました。もちろん今でも読めます。忘れてはいけない、チェーホフのいくつもの短編、『桜の園』『かもめ』などの戯曲(これは湯浅訳が上演されたと思う)もまた、日本語で読むことができるのです。
『戦争と平和』『カラマーゾフ』は米川訳で、『アンナ・カレーニナ』は中村訳で、『復活』は原訳で、『白痴』は小沼訳で、『かわいい女』は神西訳で、それぞれ読んだ記憶があります。どの訳者の日本語がよいか悪いかなどは考えもしなかった。手にできる本をたまたま選んだ結果です。ただし、おしまいまで行き着けなかった小説もあることを、こっそり告白しておきます。
ラスコリニコフやナターシャやアリョーシャや、ラネーフスカヤ夫人や、登場人物の名前も、親しいものでした。今のロシア文学はどうなっているのでしょうね。