伊丹十三
映画監督として成功した伊丹十三(1933-1997)は、最初は軽妙なエッセイの書き手として知られていました。名前も伊丹一三(いちぞう)と言いました。映画監督・伊丹万作の子どもですから、本名かと思っていたのですが、みなペンネーム(芸名)のようですね。
1969年に一三から十三に改名したときも、「マイナスをプラスにした」と書いていました。そのマイナス時代に刊行したエッセイ群はどれもみな面白いものでした。今ではあらかた新潮文庫で読めるようです。 『ヨーロッパ退屈日記』『日本世間噺大系』『女たちよ!』など。
『退屈日記』に、こんな話が出てきます。
BBCのある年の4月1日のテレビ放送。「今年はスパゲッティが不作で、イタリアのスパゲッティ農家の人々はスパゲッティ畑でうなだれています」と、映像つきで本当に放映したのだそうです。見るほうも「エープリル・フール」ということが分かっていて、おもしろがったんだとか。NHKもたまにはこんなことをやってみればいいのに。抗議は殺到するでしょうけれど。
『世間噺』にも、こんなことが出てきます。
紅白歌合戦が全盛の頃は視聴率が70%なんてことがあったらしい。他のテレビ局はどんな番組をぶつけてもかなわない。それでも、何かアイデアをひねりださなければなりません。なかばヤケになって考えたのが「皇室歌合戦」だったとか。視聴率が紅白を上回るのは間違いがない、しかし、実現性はゼロ。どなたに何の歌を歌っていただくかまで書いてあって、抱腹絶倒しましたね。
彼の数多い映画作品には、駄作も少なからずあると思いますけれど、確実に一時代を画した監督です。私にはやはり『お葬式』が一番よくできていたように思います。
奥さんの宮本信子さんがデビューした、NHKのテレビドラマもリアルタイムで見ています。今でもそうですが、当時から、利発を絵に描いたようなお嬢さんでした。たしか俳優千秋実(『七人の侍』の一人)の姪御さんではなかったか。そのドラマの、お兄さん役で伊丹さんが出ていたのを覚えています。