プラハのホテル | パパ・パパゲーノ

プラハのホテル

 もう5年も前のことになりますが、予約していたプラハのホテルに着いたのが、現地時間、夜の8時頃だったでしょうか。ロンドンからの飛行機が出発時間が遅れたために、予定時間より遅れて着いたのでした。ホテルまでのタクシーは手配してありましたから、運転手は空港で待っていてくれました。暗くなった道を目的のホテルまで行きました。着いたら、なんと、あなたの注文に添う部屋はふさがってしまった。代わりに同じレベルの別のホテルを紹介するからそちらでどうか、と提案されました。


 明日からは注文通りの部屋が用意できます、ということだったけれど、面倒なので、紹介されたホテルに泊まることにしました。クラウンという名前のついた系列ホテル。


 前のホテルから車で5分くらいか。そのホテルまでの追加のタクシー代はもちろん向こう持ち。立派なところでした。その運転手さんだったと思うけれど、着いたら、「ここはロシアン・アーミーの宿舎だった」という意味のことを言いました。


 通されたのは3階だったか4階だったか。廊下にたくさんドアがあるのでした。偉い将校のところへは、簡単には到達できないようになっているらしかった。


 観光客が泊まるホテルとしてはまずまずでした。共産体制が終って何年たっていたでしょうか、サービスというものの基本が、西側のそれと違っているような気がしました。


 それでも、一生懸命サービスしようとする意気込みは伝わってきます。朝食がヴァイキング・スタイルで、種類と分量が多いので、満足のいく朝飯を食べることができました。給仕のために雇われたらしい若い娘たちが気がきかなくて、仕切っているお姉さんが、イライラしているらしいのもほほえましいものでした。


 これからプラハにいらっしゃるなら、ぜひ朝食はヴァイキング方式のホテルをおすすめします。もう、サービスもずっとよくなっているはずですから。