小道具としての電話 | パパ・パパゲーノ

小道具としての電話

 映画の中で電話がドラマのキーになることが多い。古くは『ダイヤルMをまわせ』があります。のちにリメイクができて、マイケル・ダグラスが、妻のグイネス・パルトロウを、その浮気相手を犯人にして殺させる、手の込んだサスペンスでしたが、アリバイ工作に使われたのが電話でした。


 『プラダを着た悪魔』(原題は、The Devil Wears Prada 「悪魔はプラダを着ている」でした)でも、アン・ハサウェイ扮する秘書が、ボスであるメリル・ストリープからの無理難題が、時間かまわずケータイで指示される、そのわずらわしさから、ついにはのがれる話でした。


 この前書いた『ディパーテッド 』では、おとりの警官、マフィアのボス、警察側に入り込んだスパイ、それぞれが、ケータイで情報のやりとりをするし、声を出せない時は、ケータイのメールでやりとりをしていました。死んでしまった警察上部のケータイから、ディカプリオにかかってきた電話が、大団円へのヒントになっていました。


 『ミッション・インポッシブル』では、上海にいるトム・クルーズのところに、ニューヨークかワシントンからケータイ電話が来て、その指示に従ってとらわれた妻を救いにいきます。


 いまや、世界中がノキアやサムスンのケータイ電話でつながっているのですね。成田空港には27社だかの、レンタル・ケータイの事務所があるそうです。


 ミステリーに電話は欠かせない小道具ですが、最近の映画を見ていると、頼りすぎではないかしら、と感じることがときどきあります。