「とうが立つ」の「とう」
この前 書いた白菜の新芽について調べました。
薹:読みは「とう」、室という字の上のチョンを取って、その上に吉、さらに上に草かんむり。
これが、「ふきのとう」の「とう」だそうです。びっくりするのは、「とう」は訓読みであることです。音読みでは「ダイ・タイ」。
漢字のもとの意味は「あぶらな」のこと。「とう」と読むと「野菜類の花茎ののび出たもの」となります。
「とうが立った」といえば、「旬がすぎて、そのものの味わいがなくなった」、転じて、「盛りを過ぎた」という否定的な意味になる。硬くなって食うに食えない野菜(や人間も)のことを言う場合が多い。
白菜でもキャベツでも、畑にほうっておくと、黄色い花をつけますね。これも「菜の花」だったか、と妙に納得したことがありました。野菜というのは、開花する前に収穫して食べているのだった。
花を咲かせるための茎が伸びはじめて、いい按配のところを摘めば、結構なおひたしになる、ということのようです。
さて、白菜の「とう」のことを秋田の方言では「ふぐだぢ」(フクタチ)と呼びました。これはもと「くくたち」なのだそうです。『大日本国語辞典』(小学館)に書いてありました。
「くくたち(茎立ち)」の「くく」は「くき」の被覆形と言われるもの。つき(月)→つくよ(月夜〔古語〕)、さけ(酒)→さかだる(酒樽)のように、複合語のときに(のみ)現われる読みのことをこう言う。
(くき→)くく→ふく
という変化はごく自然なものです。春先に出回るので、縁起よく「福立ち」から来たかと想像していたのですが、ちょっと的をはずしたようです。