「屋根さ登る」の「さ」
勝谷誠彦(まさひこ)という、いまテレビのコメンテーターとして大活躍している人の『朝湯、昼酒、ローカル線』(文春文庫)を読み始めました。この人は、おそらくサービス精神が人並みはずれて旺盛なのでしょう。文章も躍動していますが、なにより、読者に、ローカル線に乗って各地の食堂でラーメンを食べたり、地酒を呑んだりしたくなるように仕向けていくところがすごい。
とりあえず、わがふるさとの、「秋田内陸縦貫鉄道」(鷹ノ巣・角館間)のところを読んでみました。こういう会話が出てきます。
「まだこねか」「まだこね」
「熊さ食べられたんじゃねか」「んだなあ」
食堂で、マタギが帰ってくるのを待っている状況。ホンヤクすると、
「まだ来ないか」「まだ来ない」
「熊に食べられたんじゃないか」「そうだなあ」
問題は「熊さ」の「さ」にあります。
われわれの方言では、このようには「さ」を使わない。英語で言えば by でしょうが、言わない。
「さ」という助詞の用法を共通語に対応させてみます。
屋根さ登る:屋根に登る
湯さはいる:湯にはいる
電車さ乗る:電車に乗る
学校さ行く:学校へ行く
東京さ戻る:東京へ戻る
「方向・到着」の「に・へ」に対応しています。英語で言えば、 to, into, onto, toward などに当たります。
受身の動作主体を表す「に―波に飲まれる」のケースには、この「さ」は使えない。
受身の場合は「に」を使って「熊に食べられた」と言います。「親に死なれた」という、いわゆる「迷惑の受身」もこのまま言います。
この「さ」はよほど目立つらしく、どの助詞にでも対応すると思われているフシがあります。ときどきテレビドラマなどでもトンチンカンな科白が出ることがある。
「×桜さまだ咲かねべか」「×このあいだイノシシの肉さ喰った」
主格や対格を示す助詞としては使えないのです。