ハロルド・パーマー
ハロルド・パーマー(Harold E. Palmer, 1877-1949)というロンドン生まれの学者がいました。英語教育の改善に一生を捧げた方です。
1922年(大正11年)45歳のときに日本政府の招きで来日し、1936年(昭和11年)に帰国するまでの14年間、日本の英語教育の指導にあたりました。いま語学教育研究所という組織がありますが、その初代所長を勤めました。
在日中は、それは精力的に全国をめぐり、英語教師たちを督励して、大きな成果をあげました。福島県や神奈川県で、パーマー先生に教わった方法で生徒を教育し、その成功が全国に影響を与えたものだそうです。
戦雲ただならぬ状況になって、昭和11年に帰国します。餞別として、日本家屋一軒をもらったそうです。離れの間のような畳敷きの部屋での和服姿の写真が残っています。その家は今では、解体されて大英博物館の倉庫に放っておかれているそうですが。
『パーマーと日本の英語教育 』(伊村元道著、大修館書店)という、非常によくできた評伝があります。それによって書いています。
パーマー先生は晩年不遇であったといいます。そのこともこの本ではきちんと書いてありました。記憶に残る痛切な一句があります。娘のドロシーにあるとき語ったもの。
I feel a bit lonely sometimes in my field of work.
「自分の仕事の分野でときどき少しさびしいと感じることがある」という意味でしょう。
しばしば、ゴルフのパーマー(アーノルド)と間違われることがあるそうですが、日本の恩人のようなハロルドのほうを忘れるわけにはいきません。