マニフェスト | パパ・パパゲーノ

マニフェスト

 選挙の時の政党の公約をいつから「マニフェスト」と呼ぶようになったのでしょうか。ローマ字綴りでは manifesto とイタリア語ふうになっています。

 貨物船の「積荷目録」のことを manifest と言ったようです。元は同じ単語です。


 アメリカの歴史に出てくる言葉に「 manifest destiny マニフェスト・デスティニー」というのもあります。「明白な運命」と訳されることが多い。西部劇によく見られた、インディアンを蹴散らして西部を「開拓」するのは、天の与えたものだ、という、今から思えば一種のご都合主義ですね。


 日本で、公約をマニフェストと呼ぶのは、この先おそらく定着しないのではないでしょうか。分かりにくいものね。

 

 ローマ字で manifesto と書くもので最も有名なのは、The Communist Manifesto (共産党宣言)でしょうね。マルクスとエンゲルスとがロンドンで起草したものです。1848年。


 薄いパンフレットですが、20世紀を動かしました。この宣言の結びは、


 万国の労働者、団結せよ!

 Working men of all countries, unite!


です。英語ではこうなっているはずです。男だけで女は入っていなかったのか、などとおっしゃいますな。当時は men で男女を含みました。女の労働者がどのくらいいたか、は別の問題です。


 じつは、前から、この「万国 all countries」のほうに興味がありました。ここで言う「カントリー」には日本は入っていなかったのではないか、という疑いです。もちろん、他のアジアの国々も。マルクスとエンゲルスの意識に東海の国があったかないか、どなたかご存じの方、お教えください。