袖すりあうも他生の縁
「袖すりあうも他生の縁」と書いたら、辞書では「袖振り合うも多生の縁」となっているよ、と、注意のメールを下さった方がありました。「すりあう」を漢字で書けば「擦りあう」のつもり。他生・多生は「タショー」ですね。
『明鏡国語辞典』では、「袖振り合うも多生の縁」がメインの子見出しですが、語釈では、
《袖が触れ合うようなちょっとしたことも、前世からの深い因縁によって起こるものだ。袖摺り合うも多生の縁。表記「多生」は「他生」とも。》
とあります。ほかには、
袖触れ合うも他生の縁:
『広辞苑』(岩波書店) 【訂正:下へ移動】
『岩波国語辞典』(1963年)
袖すりあふも他生の縁:
『大言海』(新訂版、大槻文彦、冨山房、1974年)
袖振り合うも多生の縁
『大日本国語辞典』(修訂版、松井簡治、冨山房、1952年)
『日本国語大辞典』(小学館、1975年ごろ)
『広辞苑』(岩波書店)辞書の系統にくわしい人はピンと来るかもしれません。「振り合う」は、松井簡治が始めたもののようです。後続する子辞書・孫辞書は、表記が同じ、例文も同じでしたから。
どの辞書も、「袖が触れ合うような」と、「触れる」ことに言及しています。「触れる」と「振る」が、同じことを意味したことがあったのかなあ。
私は、これからも安んじて、「袖すりあうも他生の縁」で行くことにします。
ところで、「袖を振る」という言葉は、万葉集にありますね。
茜さす紫野ゆき標野ゆき 野守は見ずや君が袖振る
「恋人に合図を送る」情景だと思いますが、きっと手を振ったのでしょうね。袖だけ振るには、振袖のように長い袖の衣をまとっていなければなりませんが、さて、あの時代の男の服装はどんなものだったのか、じつは知りません。