服部四郎 | パパ・パパゲーノ

服部四郎

 日本を代表する言語学者、服部四郎先生(1908-1995)が文化勲章をお受けになったのは、1983年のことでした。11月3日、NHKのお昼のニュースで、勲章を受ける人々が次々に車から降りる様子を拝見しました。


 他の方々は、黒塗りのハイヤーから降りてこられるのに、服部先生だけがタクシーでした。まさか、先生にだけ、車が差し向けられなかったのではないだろうな、そんなはずはないよなあ、と思って見ていました。


 その日の夕方、湘南のご自宅へ、会社からのお祝いをお届けする役目をおおせつかっていました。


 お目にかかってタクシーのことをお聞きしました。東京駅まで電車で行き、指定された乗り場で待っていたのに、迎えの車が見えない。遅れることはできないと判断して、タクシーに乗ったのだ、とおっしゃいました。どこかで手違いがあった結果のようでした。


 約束の時間を守ること(会合の席、原稿の締切り)に、きわめて厳格であった先生らしいエピソードだと思うので紹介します。


 服部先生の言語学のご本は、精緻をきわめた論証が続くので、素人が読むにはホネが折れます。さまざまなところにお書きになったエッセイを集めた、『一言語学者の随想』(汲古書院,1992)は、どちらかと言えば気楽に読むことのできる書物です。


 佐佐木信綱との交際、『心の花』への寄稿のことなども出てきます。第一高等学校で同級生だった有坂秀世の勉強ぶりへの称賛も忘れられません。