申される | パパ・パパゲーノ

申される

 敬語の本にはときどき翻弄されることがあります。分類が細かすぎて理解がしにくいもの。書いてあることが、素人の私が見てさえ矛盾しているもの、などなど。


 後者の最近の例。《「とんでもございません」はとんでもない誤用》、と始めに言っておきながら、後のほうで、「課長、大変申し訳ございません」というのが正しい謝罪だと書く。おそろしく売れている本だそうですが、おかしいと思います。


 「とんでもない(ことでございます)」が正しいのなら、「申し訳ない(ことでございます)」でなければ首尾整わないでしょう。私は、こう言うべし、という意見です。言葉に関しては人はおそろしく保守的なものだとは、前にも書いた記憶があります。


 「申される」という言い方は、そう多くはないにしても、見かける言い方です。おかしいという感じがしない。しかし、謙譲語の「申す」(言う)に、尊敬語の「(ら)れる」がついていて、どう説明するのかなあと思っていました。ようやく、納得できる説明に出会いました。


 萩野貞樹『みなさんこれが敬語ですよ。』(PHP文庫、680円)がそれです。この先生の本は前にも読みましたが、人のワルクチを言うときにストレートすぎるところがあって、ちょっと敬遠していました。


 官房長官が首相に申された件は私も聞き及んでおります。


という例文が、「申す」を縷々説明した後になって出てきます。


 申す=下位の者が上位の人に言う(身分の上下に限ることではない)

 (ら)れる:それを言う人に対して、話し手が敬意を表わしている場合に使う


 もちろん、同じことを他の言い方でもできるわけですが、気になっていた表現にスッキリした説明があたえられたので、私は満足しています。今でも書店で入手できますから、興味のある方はどうぞ。