罰の体系
玉木正之さんのホームページ、
http://www.tamakimasayuki.com/index.htm
は、スポーツと、オペラを中心にした音楽と、映画と、文学と、話題が豊富で、八面六臂の活躍をしている、この人らしいサイトです。毎日更新というのではないようですが、じつに面白い。
最近も、大相撲の不祥事に関する電話取材が殺到した、と書いたあと、
《多くのスポーツが「暴力」を伴う「罰の体系」によって支配されてきた》
ことを、若い記者が知らないのではないか、という指摘をしていました。
選手を「きたえる」と称して、「うさぎ跳び」を50メートルとか、腕立て伏せをあと100回やれ、とか命じているコーチや先輩は今でもいるのではないだろうか。サディズムですね。やらされるほうはたまったもんじゃない。しかし、こういう「伝統」の悪いのは、自分の番がまわってくると、「愛のムチ」を振るい出すことです。今は、もうそんなことはない、という人もいます。それを祈ります。
「いじめ」という単語は定着してしまいましたね。「まとめ」とか「止め」とかと同じ造語法に従っているので、日本語としては不自然ではないはずです。しかし、この言葉を、耳にしたり、文字で見たりするたびに、ザラザラした感じが残るのを否めません。「弱いものいじめ」という言葉なら昔からありました。やってはいけない卑怯な行為の筆頭と言うべきものです。
「罰の体系」という玉木さんの言い方にも、こういう理不尽に対する怒りが感じられます。