見れる・出れる | パパ・パパゲーノ

見れる・出れる

 長崎出身のナガタさんと話していたら、彼が「見れる」と言ったのに耳がとまりました。聞いたら、標準語を話すときは、「見れる」になるとのこと。長崎方言では「見らるっ」と、最後の音を呑むように言うそうです。いわゆるグロッタル・ストップです。もとは「見らるる」でしょうね。ちゃんと、「見られる」というカタチを保っています。


 東北方言では、だいたい「見れる・出れる」ではないでしょうか。私も子どもの頃からそう言っています。「見られ〔え〕る・見られ〔え〕ね」(見られる・見られない)というペアもあることはありましたが。


 この「ら抜き言葉」についての解説では、『続弾! 問題な日本語』(大修館書店)の、北原保雄先生がお書きになったものが、丁寧で分かりやすい。


 「切る・切れる」がOKなら、「着る・着れる」もいいではないか、「練る・練れる」に対する「寝る・寝れる」も。私の方言では、五段活用も、下一段活用も、区別なく、かつ問題なく、「~れる」が言えます。「信じれる」はOKの人が半分以上、どうかなと言う人が3割くらいでしょうか。


 小室哲哉が作った歌の中に出てきた「信じれない」という表現を聞いた時は、さすがに驚きました。これは、秋田の方言話者でもダメと言う人が多いのではないかなあ。


 もっとも、これらの「ら抜き言葉」、いま、パソコンで入力すると苦もなく変換されましたから(信じれる?)、もはや、問題にすることはないのかもしれません。書き言葉でこれがあると、私の年代ではまだ抵抗がある人のほうが多いと思われます。