やちまた
雑誌『諸君 !』10月号に呉智英(くれ・ともふさ)さんが、「私の血となり、肉となった、この三冊」のアンケートに応じて、選んだ1冊として、足立巻一『やちまた』(河出書房新社,1974)をあげています。
《どう表現していいかわからなかったが、強烈な印象を受けた。たぶんそれが今の”まちがった人生”への第一歩だったのだろう。もう堅気には戻れないと覚悟を決めた。》
と、書くくらいの影響を受けたらしい。
『やちまた』は、本居宣長の子、本居春庭という盲目の国学者の評伝です。この春庭に、『詞の八衢』(ことばのやちまた)という文法の本があり、タイトルはそこから採られたもの。足立氏自身の自伝もからんでいました。
「やちまた」は道が8本に分かれているところ。ことばの仕組みが錯綜をきわめているところからの命名だろうと思います。
上下2巻のこの『やちまた』は、私も、発行当時読みました。江戸時代の国学者群像と、そこに生じた葛藤などが書かれていたようですが、細部はもはや茫々としています。しかし、圧倒的な感銘を受けたことはよく覚えています。呉さんと違って、「まちがった人生」に踏み込むことなく、堅気の人生を通しましたけれど。もっとも、呉さんは、その「まちがった人生」を悔やんでいたりはしていないはずです。
2000年に『『やちまた』ノート』(西尾明澄編・編集工房ノア)という研究書が出ているようですが、未見です。
『やちまた』上下は、いま朝日文芸文庫で読めるそうです。