須賀敦子 | パパ・パパゲーノ

須賀敦子

 素晴らしい書き手が現われました、と、トリゴエ先生が紹介してくださったのが、須賀敦子『ミラノ 霧の風景』という本です。1990年に白水社から出版されました。私が読んだのは91年か92年頃でしょう。


 若いときパリに留学して、イタリアで長いこと暮らしてきたひとが、力むというところが微塵もない文章で、イタリアという風土と、そこで生活する(主として知的な職業の)人々の感じ方とを書いたものでした。


 ペッピーノという(おそらくニックネームの)旦那さんが、時折控えめに登場していました。書いている時点ではもう亡くなっているのでした。少ししか出番はないのに、このイタリア人がどんなに愛情豊かで、作者を精神的に支えてきたかが分かるのでした。須賀さんも深く愛してらしたのですね。そのことも、控えめな表現ながらよく伝わってきました。


 その後、一種のブームといってもいいくらい、須賀敦子本が出ました。あらかたは目を通したと思いますが、感銘の深さという点では、私の場合は第1作を越えることはなかった。


 汽車に乗っていて、父上のことを思い出すシーンが、たしか別の本に出ていたと記憶しています。戦後すぐに外国留学するくらいですから、豊かなおうちだったと思う。父上との葛藤にも触れていたようでした。しかし、父上に対する尊敬と愛情とが、これもよく伝わってきました。


 須賀敦子さんは、1929年のお生まれ。98年に亡くなりました。今では、「須賀敦子全集」(河出文庫)で、ほとんどの文章を読むことができます。『ミラノ 霧の風景』は第1巻に収められています。これを発表したときは、すでに60歳に手が届いていたのですね。


 いちどだけ、原稿の内容について電話でお問い合わせしたことがあります。かわいい声でした。