筋子のおむすび
今まで食べたもののなかで一番うまかったものを思い出してみよう、と、一夕、アマノさんたちと話をしたことがありました。30年くらい前。
アマノさんは、東京・立川の近くの出身です。子どもの頃まだ養蚕が盛んで、桑畑がたくさんあったのだそうです。彼が一番おいしかった思い出として語ったのは、口いっぱいにほおばった桑の実のことでした。口のまわりが桑の実の汁で紫色になる。それを、持っていった青梅の実をかじって、それでこするときれいになるんだ、と言ってました。
私が思い出した、それまで食べたいちばんうまいものは、アマノさんと同じく子どものころに食べたものになりました。農林一号と呼ばれていた(はずの)桜桃(さくらんぼ)の味も捨てがたい。トシローくんちのアンズもおいしかった。シンジくんの家の裏になっていたのを食べさせてもらったスモモ(赤すもも)のうまかったことも忘れられない。ユースケの家でごちそうになったスイカもうまかったなあ。秋の、ぶどうも、洋梨も、マクワウリも、みんな味の記憶が鮮明です。くだものがたくさん採れるところで育ったのは幸せであったという他ありません。自分のうちにはなかったので、子どものころはみんな友達のところでごちそうになったのでした。感謝感謝。
夏の暑い日でしたが、山の池のほとりで、弁当にもっていった筋子のおむすびをかじったときの記憶が、輝く第一位でした。そのころの筋子は、いまと違ってずっとしょっぱかった。赤い汁が、おむすびの白いごはんのすき間にしみ出して、そこをほおばるときの旨さといったらなかった。
子どもですから、おなかがすいたら何を食べたってうまいはずです。30年前にもそうだったように、今でも(上にあげた記憶はじつは現在のものでもあります)、人の名前や、食べたときの光景と一緒にうまい食べ物を思い出しているのですね。