木村義雄 | パパ・パパゲーノ

木村義雄

 木村義雄(1905-1986)という棋士がおられました。将棋の第14世名人です。あんまり強いので、常勝将軍と謳われました。相撲の双葉山と並び称された不世出の名人です。大山康晴15世名人の前の名人。


 引退後に名人を名乗りますが、大山名人のあとは、中原誠(16世)名人、谷川浩司(17世)名人と続きます。現名人の森内俊之さんは18世を名乗る資格をついこのあいだ獲得したそうです。


 さて、木村名人に『将棋一代』(講談社)と題する自伝があります。『ある勝負師の生涯――将棋一代』と改題されて文春文庫にも入ったようですが、私は未見です。


 ご自分で書いたか、口述筆記か分かりませんが、その文章からは口跡のよさが聞こえてきそうです。晩年、テレビ将棋の解説で聞いた、歯切れのよい江戸ことばをそのまま写したおもむきがありました。


 茅ヶ崎のご自宅で一度だけお話をうかがったことがあります。無謀にも、その頃やっていた将棋の名人戦(中原・森戦だったか)について、指し手の質問をしました。そうしたら、いきなり「いやあ、あなたお強い!」と持ち上げられたのです。さすがに恥ずかしかったのをよく覚えています。


 自伝からは、ですから、肉声が聞こえてくるような気もするのです。


 その中に、碁のお師匠さん(最初は碁打ちの修行をなさっていた)の家で、晩飯をご馳走になる場面が出てきました。麦飯が出てきたが、これが喉を通らなくて困った。じつは、木村先生の生家は下駄屋さんなのです。下駄を作るのに、大量の糊を使う。その糊にするために米は常にあった。「いわば糊の余りを食っているようなもの」と書かれてありました。どうしても麦飯が食べられなくて、それを機に碁の道からはずれたのだそうです。


 どんな道に進んでもトップに行っただろうと目された方ですが、麦飯が運命の岐路になったようで、ちょっと珍しいエピソードだとお思いになりませんか?