徳永康元 | パパ・パパゲーノ

徳永康元

 徳永康元(とくなが・やすもと)先生は、2003年、91歳のお年で旅立たれました。明治45年(1912)のお生まれという。黒い風呂敷にたくさんの本を包んで、神田の町を歩いておられたのを見かけた人も少なくないでしょう。ときどき私が勤めていた会社にお寄りになって、記録しておかないともったいないような話を、次から次へと開陳してくださいました。

 バルトークが、ハンガリーからアメリカへ亡命する前に行なったピアノ・リサイタルを聞いたのだとおっしゃった。


 亡くなった次の年、2004年8月に、徳永康元著『ブダペスト日記』(新宿書房)という本が出ました。ブダペストへ留学した、1940年から42年までの日記が、他のエッセイなどとともに活字になったものです。

 ハンガリーに着くまでに長い時間がかかったころですから、いろいろな国での見聞が綴られています。

 ブダペストで最初に泊まったホテルの名前が「セントゲレールト」と書いてあります。私が2004年6月、つまり本が出る直前にブダペストで泊まったのが、このホテルでした。ご縁というものか、と、いたって月並みな感慨を覚えました。


 前に出版された『ブダペストの古本屋』『ブダペスト回想』(いずれも恒文社)と共に、ブダペスト三部作と言うようです。


 徳永先生は、他の人なら、100枚くらいになりそうな内容を、800字とか、多くても10枚くらいにまとめてしまわれる方でした。

 時にそっけない印象を与えることもありますが、ムダのない文章で、必要なことはきちんと伝わります。


 日記は、さすがに、備忘録として書かれたものですから、若い頃の先生の肉声が聞こえてくるような、親しみを感じさせます。