米原万里
日本人の死亡原因の第1位は、依然としてガンなんですね。今年2月に池田晶子さんが46歳でガンでなくなりました。私は、池田さんのよい読者ではありませんが、まだまだ書きたいことがいっぱいあっただろうに、そして、彼女のメッセージがたしかに届いていた(若い)人々が少なくないようだったのを知るにつけ、痛ましさがつのります。
米原万里さんも、去年の5月ガンでなくなりました。享年五十六。『週刊文春』の、5人交代のひとりとして書いていた「私の読書日記」は待ち遠しかった記事です。最後の頃は、ガン関係の本のよしあし、治療してもらった医者への不信感、など、ご自身の病気を、同病の人々の参考になるようにと、痛々しいほどの筆致で書き進めていました。最近文藝春秋から出た『打ちのめされるようなすごい本』の中には、それらを含め、彼女がこの10年ほどの間に書いた書評が収められています。「食べるのと、出すのと、読むのが早いのが自慢」と、「男っぽく」豪語するだけあって、守備範囲の広さには目を見張らされます。
出す本出す本、何かの賞をもらってしまう筆力はすごいものでした。
『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』(いま角川文庫)は、大宅賞受賞作。プラハのソビエト学校の女子同級生3人の人生をたどる物語ですが、ヨーロッパ世界の、目に見える、あるいは目に見えない、せめぎあいの中で、人が(とりわけ女が)生きていくとはどういうことか、が、かわいたユーモアにつつんだ達意の文章から切々と伝わる労作でした。
『オリガ・モリソブナの反語法』(集英社文庫)は、ドゥマゴ賞。やはり、ソビエト学校のバレエの先生をモデルにした、こちらは創作でしょう。国家というものが持ってしまう、ある種の「おぞましさ」が活写されています。
彼女の真骨頂は、なんというか「上品な与太話」とでも言いたい本のほうによくあらわれています。『不実な美女か、貞淑な醜女か』(新潮文庫)がおすすめ。これだって読売文学賞を受賞しています。ほかに『旅行者の朝食』(文春文庫)など。
もはや新たな米原文を読めないのはかなしいことです。