斎藤秀三郎
毎年松本で開かれる、サイトウ・キネン・フェスティヴァルというものがあるそうです。小沢征爾が指揮棒を振ることの多いコンサートですね。小沢の先生である、斎藤秀雄を記念する、という意味でしょう。中丸美繒の『嬉遊曲、鳴りやまず』(新潮文庫)は、斎藤秀雄の伝記です。戦争中にドイツ人(?)の奥さんと別れざるを得なかった話があったりして、切ないところもありますが、日本の洋楽を育てた逸材の人柄がわかりやすく描かれていました。
斎藤秀雄は、斎藤秀三郎という、明治時代の英学者の家に次男として生まれました。この父親が、まあ、破天荒な勉強家でした。いま、岩波書店から出ている『熟語本位英和中辞典』(豊田実・増補版)が、数多い著作の粋を結集した代表作です。英語の勉強が好きな人だったら、いっぺんで魅力にはまる個性的な辞書です。本屋で見かけたら、見出し語 with のところだけでも目を通してみてください。おもしろいですよ。今でも覚えている例文、
Love laughs at distance. 惚れて通へば千里も一里
訳文のこういう感じもじつに好ましい。
勉強のさまたげになるからと、娘の結婚式に出るのも渋ったという学者です。ロンドンに生まれるはずが、間違って仙台に生まれた、と言ったこともあるそうです。イギリス人の素人芝居を見て、シェークスピアの発音を直してやったとか。
1960年に、大村喜吉著『斎藤秀三郎伝』(吾妻書房)が出ています。出た直後に、高校の英語の先生が貸してくださったのを読みました。伝記・自叙伝の類に手がよく出るのは、そのときの感激が残っているからかもしれません。現在発売中か否か調べていません。大きな図書館なら蔵書になっているはずです。これもおすすめの一冊です。