ズボン役
『フィガロの結婚』の登場人物の一人ケルビーノは、アルマビーヴァ侯爵の小姓ですから、もちろん男なのに、オペラではその役は、メゾ・ソプラノ(ときにソプラノ)が歌いますね。こういうのを「ズボン役」(trouser role, breeches role)と言うのだそうです。「ブリーチズ」は、ひざのところで締めた、礼服の半ズボン。モーツァルトの肖像画で見たことがあります。
こういうズボン役は、その後もいろいろ出てきます。有名なのは、リヒャルト・シュトラウスの『薔薇の騎士』のオクタヴィアン。
オッフェンバックの『ホフマン物語』のニクラウス(メゾ・ソプラノ)もそうですし、ヨハン・シュトラウスの『こうもり』のオルロフスキー公爵もメゾ・ソプラノが演じます。
ご存じの方も多いでしょうが、『薔薇の騎士』のオクタヴィアンは、元帥夫人の若いツバメですから、女が演じている男の役なのに、元帥夫人の機転によって、「女装」させられるのですね。観客はその趣向を面白がって観るわけです。じっさい、ちょっとアブナイ世界を垣間見る気にさせます。このツバメが、あろうことか(いや、当然のことに)、ゾフィーという娘に一目ぼれすることになります。
最後に、この3人で歌う三重唱が出ます。恋人を若い娘にゆずった年増のかなしみ、前途を喜ぶカップルの幸福感がないまぜになりながら、聞こえてくるのは女声によるおそろしくきれいなハーモニーです。去年なくなった、エリザベート・シュワルツコプフが、この元帥夫人を得意にしていました。カラヤン指揮、EMI クラシックス盤をよく聞いています。