向田邦子
山本夏彦が「突然あらわれてほとんど名人」と激賞した向田邦子の『週刊文春』の見開きコラムは毎週楽しみにしていました。
『無名仮名人名簿』(いま文春文庫)ほかの単行本にまとめられています。いつも、「これは長女が書いた文章だなあ」と思っていた。もちろん、彼女が長女であることは、大評判をとった『父の詫び状』(文春文庫)で知っていましたたから、とくに発見ということでもありませんが。いまでもよく覚えている、エピソード(どこに出ているかは忘れてしまった)。
お茶の水から駿河台下に下る坂道の途中で、見知らぬ女から、切羽つまった声で「靴下貸してくれない?」と言われる。主婦の友社のトイレだかで貸してあげるのです。伝線してしまう靴下が多いころの話。同じ回だったと思うけれど、かわいがっていた年下の女のホテルでの結婚式の手伝いに行く。婿になる人は、向田がにくからず思っていた男なのですね。準備室というのか、支度をしているうちに、後輩に「あっ、口紅忘れてきちゃった。買ってきてくれない?」と言われる。薬局へ降りる階段の途中で思わず涙があふれ出た、と結ぶ。
なくなったときに、山口瞳が、『週刊新潮』のコラム「男性自身」で8週にわたって追悼文をつづりました。好きだった人を失った男の気持が痛いほど伝わってきます。『木槿の花』(新潮文庫)で、読むことができます。