4月2日、主日礼拝。
「主イエスは、ペテロに向かって・・・」講壇より、牧師のいつもながらの熱のこもった説教。
ふと顔を上げると、車いすが運ばれてきて・・・抱える側も抱えられる側も医者。その傍らに数人の人が・・・
「ペテロは、激しく泣きました。大の大人が大泣きしたのです」牧師の説教は、途切れることはありません。
2月26日、礼拝後、教会の図書室にて
「時間がありません。お元気なうちに、お聞きして記録しましょう」
「それにどんな意味があるのか」
「この教会を築いてきた先達としての貴重なお話です。戦禍のご経験も含めて・・・」
一週間後、教会の図書室にて
「ダンダンダンダンダンダン・・・アメリカ軍の銃弾は、一日中続くけど、お昼になったらぴたりと止む」
録音機材をセットして、5~6人で聞きました。
私も同席した一人です。
その日話すために、新しいノートが用意され、細かい文字でぎっしりと綴られていました。
「次回は、昭和19年から話しましょう」
「ありがとうございました」
「ペテロが挫折の中で振り向いた主イエスのまなざしは・・・」車いすは聖堂の外に・・・やがて救急車の音が近くに聴こえ、
「私たちは、みな罪人なのです」
・・・
牧師の説教は、祈りで結ばれます。
「天の父なる主よ!救急車で運ばれた兄弟を、たすけてください!」
心が凍りつくような礼拝でした。
「大丈夫!今日はとりあえず病院だけど。
救急車に乗りたくないとダダをこねて、たいへんだった。」
よかった~
戦時下、ルソン島に出征し、戦後抑留され、帰国して開業医となる。
耳鼻咽喉科の町医者として、長年、地域に貢献しながら教会に集い、90歳を過ぎた今も、かくしゃくたる元長老。
一日も早いご回復を、お祈りしています。
黄砂降る生きて還りし一人なり 冨谷 春雷