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夢は小説家ですと本気で宣ふブログ

文章の世界に魅入られた小娘が、妄想を書籍化しようと奮闘する日記。





  雄大な自然をみたあとに、新橋を歩く。

 街路樹に捨てられた吸殻、唸るような暑さ。平然と植え込みに投げ捨てられるゴミ。
 自然のほうが先にあったというのに、人間の勝手な都合で開発されてめちゃくちゃに汚されて、物言わぬ自然だからこそ屈服させたような気持ちになって、ああ罰あたりだなと思った。
 自然保全運動がしたい訳でも、緑を大切にしようとかそんなことを言いたい訳ではないけれど、何とも言えない気持ちになったよ。

 もし、この世界がシムシティならでっかいビルをいくつも壊して、湖と木を植える。空は広くなって、影が出来て、肺の奥まで届くような澄んだ空気に満たされる。

 朝のひんやりとした空気も、濃い霧も、鳥の鳴き声も、すべてが都会にはない風景だった。



 紫陽花の花言葉は「浮気」や「あなたは冷たい」
 あなたに贈った紫陽花の花は冷めきった結婚生活を示唆していました。「ほー、紫陽花。綺麗だね」そう言って笑うあなたに微笑みを返しながら、私の心は紫陽花の花よりも濃く悲しみに暮れていたのです。

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 紫陽花の花で一遍書くならどうしても憂いを描いてしまうけれど、心洗われる美しい景色でした。豊かな国日本の標語を噛み締めるような大自然に溢れていました。

 お気に入りのワンピースを着て、流れている音楽のタイトルは「街」で、朝浴びたシャワーのせいで長い髪は湿っていて、携帯の待受には降水確率30%とかいてあるのに小雨が降っている。
最近買ってもらったはずのビニール傘はどこで取り違えたか錆びていて、すでにどこかに置いてきたい気持ちになっている。

 何気ない日常風景も文章に書き出してみると特別な一場面みたいだ。

 傘が欲しいな。紫陽花の模様の薄紫の傘。
 生地のしっかりとしたワンピースも欲しいし、形のいいハイヒールも欲しい。

 今日もいい日になりそうだ。
 略奪愛は悪いことだ。
 だがしかしネット社会を放浪していると、こんな解釈に出会う。

「お前はキーパーがいたらシュートを撃たないのか?」
 略奪愛をゴールと見立て、今の彼氏をゴールキーパーに見立てた秀逸な比喩表現。
 いまここに略奪愛が正当化されてしまったと感じた。

 舞台は高校。風が強く吹く屋上で、ずっと好きだった女の子に彼氏ができたと泣く幼馴染。
 グラウンドでは強風のなかでもサッカーに勤しむサッカー部がいて、もしかしたら屋上が高いから風が強いだけで地上はそんなに風が強くないのかもしれない。
「お前はキーパーがいたらシュートを撃たないのか?」
 幼馴染の顔が持ち上がる。俺は何も言わない。
 中庭で幼馴染が好きな女の子が、ひとりベンチに腰掛けているのが見えた。緑の垣根が覆っているのに上からは丸見えだ。
 走りだす幼馴染の背中をただ黙ってみつめている。
「スポーツマンシップなんてもんは試合の中でしか通用しないもんなんだよ」
 強い風が不当な理屈を攫っていく。
 いまここに略奪愛が正当化されてしまったと感じた。
 ネタ帳というものを持っている。

 それは簡単なアイディアなんかを、書き連ねたノートで面白いなって思ったものを記しておくノートなんですが、昔書いたアイディアにこんなものがあった。

 ■生産高で成績が決まる農業高校の話

 舞台は良く分からないけれど広大な土地がある農業高校の話で、とにかく成績が生産高で決まるから割り振られたチームでなんとか知恵を絞って生産高をあげようと奮闘する生徒たちの話。
 起承転結は分かりやすく転で、枯れそうになる農地をなんとか復活させて生産高1位で卒業していく逞しい生徒たちを描くんだけどね。テーマとしては、やっぱり能力主義とか、農業体験とかっていう部分になって、農薬の話だったり、台風の日にビニールシート引っ張ったり、「機械があれば一瞬なのに!」「そんな予算おりるかよ!」ってリアルな話だったりをするっていう。

 面白いのかどうかでいったら多分、書き方次第かなって思います。

 でもたぶん書かないので、さらっと話題に出してみました。書かない理由も簡単で、この話を詰めるのが面倒くさいってだけです。いろいろと農業話も人気が出ているものもあるし今更私が書かなくてもっていうのもある。
 普段、電車の音が1日中聞こえているような都会で電車の音どころかバスの音すらしない田舎で、虫が鳴く音だけが絶え間なく続いているような話を読むのもいいなぁと思って考えた話でした。

 テストなんてなくて、ただただ実践だけがある。それは、あたえられた範囲の中から質問と解答を暗記する成績の付け方よりも遥かに難しくて、容赦のない成績の付け方だと思いました。一定の生産高がなければ卒業できないなんて当たり前で、でも生産量がきちんと確保できなければ食べていけない世界を生きるのだから厳しいようで、それが学校側の優しさで教えなんだろうなっていう。結構、面白いと思うんだけどなー。