結婚した翌年の1998年に長男誕生。その2年後の2000年に長女誕生。
 子どもたちの事については、本人のプライバシーもあり、書けません。
 本人の了解をいただけたら書くこともあり得ます。

 以下、つれづれを書きます。

1.長男への想い
 今から思うとあの時、こうすれば良かったとか思うこともあります。
 私自身が、一人の親として、自立すると言うか、生きていく姿を見せるのは、私だと言うことは明らかなので、それを示していく必要があると考えます。
 芸術的センスが、私に似てあるのか、eAT’07 KANAZAWA アワード ジュニア部門受賞作品 小学生部門で優秀賞をいただきました。この時、アイ・オー・データ機器社のUSBメモリを頂いたような・・・

2.長女への想い
 長女の魂のレベルの高さには、びっくりしています。私たち家族をしっかりとつなぐお役目をしていただけています。感謝です。

3.長男長女保育園の送り迎えとか
 保育園が、妻の実家に近かったので、私がお迎えに行って、妻の実家に行くとか、食事に伺うとかしょっちゅうしていた。生活のスタイルが、妻の実家と深い関係をしていました。

4.長男長女の通っていた学校の親父の会で活動
 一人の父として、小学校の親父の会に入り、年間6回~10回程度のイベントをこなしていました。餅つき大会、バス遠足、キャンプ、海水浴などなど・・・
 今、思うとここで親父としての学びも大きかったと思います。
結婚
 1997年2月11日に結婚しました。
 案外理由は簡単で、私が昭和天皇と同じ4月29日(昭和の日)生まれで、妻が平成天皇と同じ12月23日生まれ。なので、建国記念の日に式を挙げようと決めただけ。

1.結婚式は身内だけであげた
 私が呼んだ親戚は、3人位か・・・ 母と妹+αの参列? ちと妻には聞けないです。
 友達は呼ばなかったような・・・ と言うか、私には友達がいなかった。笑
 仕事仕事で、仕事の仲間は一部いたけど、誰を呼んでよいやら・・・そんな状態で結婚式はあげています。

2.妻との出会いは職業訓練のパソコン教室
 私自身が、職業訓練校のパソコン訓練の授業を請け負っていた時期が10年ほどあります。1991年の法人設立から、市役所や商工会議所に営業をした延長で、いただけた仕事でした。
 その中で、女性の社会的自立のための訓練の制度の中で、1日5時間で21日間。合計105時間で日商ワープロ検定3級まで取らせると言う授業を受け持っていました。年間5か所で100人の女性の能力向上のお手伝いをしており、その時の生徒さんの一人でした。
 最初の出会いは、私にとって、とても印象深い物でした。なぜなら、子ども託児付きの教室のため、女性の皆さんは、オシャレをしていないって感じで初日来られていました。生活感が漂うっていうか・・・ その中で唯一会社勤めしっかりしているって感じで、出会ったのが、妻でした。
 それもそのはずで、自分のお父さんの会社で事務をしている傍らに職業訓練に通ってきているので、まず、会社に行ってから、仕事をこなして、職業訓練の教室に来ているからでした。

3.妻も私も結婚することなど考えられなかった
 付き合って、1年ほどで結婚を決めたと思うと言うか、私自身が、決めなくてもどんどん話が進んで行ったような感じでした。
 私自身、家族を作ることは一切考えていなかった状態でした。家族との縁が薄いので、家族を作っても上手くいかないと思っていたからです。
 その点は、妻も同じだったようで、私も結婚する気は生涯なかったと今でも言っています。
 私が、33歳になるところで、妻が39歳になった時に結婚です。両方とも初婚です。
 今、思うとご縁があったのでしょう。

4.妻に感謝しています
 私にとって、妻との関わりは、社会との関わりの中で大きな比重を占めています。
 私自身が、社会との繋がりが弱い状態で、お歳暮もあげたこともないし、近所の付き合い方もわからないし、何かと知らない事ばかりでした。
 例えば、お歳暮を頂いた時にお礼状を書いて送ってくれているとか、些細なことですが、私のサポートをしてくれています。
 感謝以上の何ものでもありません。
 ただ、それに対してしっかりとお礼ができていないことが、私にとって問題です。詳細は割愛。

5.妻のお父さんと仲良くさせて頂く
 私のずるいところと言うか、愛きょうのあるところと言うか、自分で言うのもなんですが、その場の空気に合わせて、存在するってのが得意なので、妻に連れられて、義父(妻の父と言うこと)の家に伺う。そうすると奥さんがいたり、義弟がいたり、義妹がいたりします。で、風呂にも入ったり、食事にもごちそうになったり、居場所がないながらもいました。
 最初は、私と妻が付き合っていること。結婚することは、お母さんが反対していたようです。が、お父さんが、娘が選んだんだからと説得していただけていた観たいです。
 お父さんは、私に良くして下さいました。男として、曲がりなりにも経営者としても少し認めていただけていたのかもしれません。
 とんでもない夢物語を言って、あいつはなんだとも思われたこともあるようですが、本当の父として私も付き合いをさせていただきました。
 妻との出会いで、このお父さんと出会ったことも私にとって素晴らしい出会いであったと感謝しています。
ウーピーまちゅ。プロフィール&生い立ち~起業
 父の死から3ヶ月後には、会社を作っていました。

1.26歳の時に法人設立

 1991年4月3日に登記上の設立をしました。2013年9月まで持っていましたので実に22年と半年の経営でした。
今思うと、父親からの呪縛を逃れるために会社を作り、仕事依存に陥ったと考えられます。

 また、夜に働かなくても十分な収入が得られるようになったこと。
 商工会議所や教育委員会、老人福祉センター、婦人センターなどの年間の大口のワープロやパソコン講座の仕事が取れたのも法人を作った理由です。
 この時は車で平気で毎日往復で200kmぐらい走っていました。なぜかと言うと羽咋市(石川県)~富山県内のパソコン教室の仕事もしていたからです。

 最初会社を大きくしようと思っていた時に人を入れて、3人の社員を雇い入れたこともありました。
 ただ、今思うと経営者としての考えは甘く、先の無い人入れでした。

 いろいろありました。
 私にとってバブリーな時もありました。が、その日暮らし的な生活をしていました。

2.あん共育の意味

 法人名は、あん共育有限会社としました。

 「あ」~「ん」まで人の成長にかかわることをすると決めて名づけましたが、ほぼすべて私の得意な分野であるパソコン関連の仕事になっていました。

3.主な得意先や仕事

 ・市役所の生涯学習課が主催するワープロ・パソコン教室 例としては、年賀状作成講座とか暑中見舞いを作る講座とか、シルバー人材センターでのワープロそのものを学ぶ講座など(この時は平均年齢が70歳を超える受講生の方々が20人でした)です。
 ・地元のショッピングセンター内にあるカルチャーセンターの延長で、ワープロを教えていました。
 ・職安の訓練校として、パソコン検定講座、ワープロ検定講座も開講。
 ・商工会議所が主催する経営に活かす講座 売上管理ソフトや経理ソフト、仕入在庫管理ソフト、給与計算ソフトをどのように経営に活用するかと言った講座やブログやホームページの活用のための講座が主でした。
 ・経営者にソフト指導をした後で、ソフト開発の仕事も頂きました。例えば、自社の売上管理ソフトの作成などです。

 この時は、働いて働いて働きました。仕事中毒でした。そうでもしないと今から思うと生きていけなかったのかも知れません。

編集
1.父の死
 1991年1月10日未明に父が亡くなりました。
 家の前の小川に酔って帰ってきて、足を踏み外して落ちたようです。
 そこに近所の人が見つけてくれて救いあげ、家に寝かしつけたようですが、翌朝に亡くなっていた。
 私が、父の死亡を聞いたのは、11日の朝、母親からの電話だったと思います。
 その10日の夜は私は家に居ませんでした。理由は覚えていません。彼女の家にいた可能性が大きいです。

 で、11日午前8時ぐらいか、死亡の知らせを聞いて、帰る途中に事故を起こしました。
 止まっている車に後ろからぶつかると言う事故です。

 たぶん、その場から逃げたかったのでしょうね。

 で、警察の事情調書を受けて、解放されたのが、昼過ぎ。
 で、家に帰ったら、母親の宗教関係の青年部が10人位で葬式の準備を進めてくれていました。
 自宅で葬式をあげる準備でした。
 また、父の弟、母の弟が駆けつけていました。

 葬式はその翌日の12日に挙げたと思います。そして火葬をしました。

 この時、夢遊病者のような状態だったと思います。

2.父の死で心の地獄を経験
 父が死んだ時に思ったのは、「これで面倒を見なくて良くなった」と言う安堵感でした。
 ただ、この安堵感が私を苦しめることになりました。

 「私が面倒をみなかったから父を殺した」と言う苦しみでした。
 ほぼ毎日、起きるときに泣いて起きました。

 「ごめんなさい。ごめんなさい。面倒をみなくてごめんなさい。」と・・・

 これは、心の地獄でした。

 たぶん、将来、父と向き合って生活をしていたならば、父を殺し、自分も死ぬぐらいの覚悟が無いと世話はできませんでした。
 そこから逃げていたことに対する、心の葛藤が現れたと言うわけです。

 たぶん、3か月は毎日このような状態だったと思います。

 そこから逃れるために会社を作ったのかもしれません。
 4月10日(日)の昼から、大阪のドーンセンターにて、カンタティモールの映画の上映会を開催します。
 以下、タイムスケジュールです。

【詳 細】
〇日 時 2016年4月10日(日) 12:00~18:00
〇スケジュール
 12:00 開場
 13:00~15:00 カンタ! ティモール 上映会
 10分休憩
 15:10~17:00 監督 広田奈津子さんと語らう時間
                +
         分かち合いタイム(グループに分かれてシェア)
 17:00~18:00  みんなで歌おう! 
  小向定さん(監督 広田奈津子さんのご主人さま)の演奏会
           カンタ!ティモールの挿入歌生演奏
〇チケット
前売り 2,000円
当日  2,500円

詳細は、Facebookイベントも御覧ください。

以下は、公式ページです。

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