「講」庶民救済の相互扶助組織で日本古来より根付く文化の一つであった。色々な目的に応じて、互いに融通しあおうという知恵から生まれる。



鎌倉末期から始まり、寺院が集める「無尽財」 屋根を葺くための「無尽茅」 メンバーが会食する「無尽茶屋」など

様々な講があった。



これは仏教思想があって、どんな宝も必ず「無尽蔵」になるべきで、それにはひとつひとうが「無尽燈」となって火をともすのがいいという見方が作用した。



もう一つは、小さな目的でも共通する仲間がいるなら、その実現の為に短期的に「講」を作っていこうという発想だ。

これは持続的な組織でなく、目的達成したらメンバーを変えたり、解散出来るような軽さを持っていたそうだ。



今、社会にかけているのは、この仏教思想の相互扶助性と組織観ではないでしょうか?「講」のようで会社、コミニュティー、NPOとうい枠ではなく、新しい現代の「講」 経済をともなった持続可能な支え合いの仕組みが必要ではないでしょうか?