流産手術後、1回目の生理。
掻爬をした先生が生理が1回きたら、治療開始していいというから、昨日は病院。

でもhCGまだ8.6。無理じゃん。
多嚢胞性卵巣症候群の私は、薬を飲まないと生理が来ないから、プラノバール飲んできた生理。
昨日からはソフィア21日分。

掻爬手術が終わってからも、過鎮静で嘔吐が酷くて、2泊3日の入院だった。

掻爬手術の翌朝目覚めた瞬間悟ったこと、それは自分が「不遜」だということ。

体外受精じゃなきゃ産めないのに、産もうとするのは不遜だと思った。

現代の科学水準からすれば、体外受精は当然のものだとしても、それは神の領域を侵している。
信仰のない私ですら、そう思う。

産めないくせに、産もうとするのは不遜。

思い返せば私はずっと不遜だった。

神に与えられた能力を超えることばかり考えてきた。
だから幸せになれない。
人間は、与えられたものだけの中でやっていけば幸せになれるのに。
次も流産する気しかしないし、実際医師にも次も流産するかもしれないから覚悟しろと言われた。

それなのに何故病院に行ったか?

流産して、流産して、流産しまくれば夫も納得して諦めると思うから。

殆ど自傷行為。

電話しないと怒る母に毎日電話をして、妹の子供達の話を毎日聞かされる、この地獄。妹は夫に3人目を望まれてるから辛いんだって、辛いのはわたしだけじゃないんだって。それ私に言う母親は殆ど人間ではない。
母と縁を切りたい。
4月には4人産休明け。ママトーク炸裂のランチタイム。場の空気最優先で、ニコニコして、目を輝かせて、身を乗り出して、子供たちのことを質問するACな自分が目に見える。別に興味ないのに。
親友は私と同じ週数で妊娠中。一生、あの時生まれていればこの年だったのかと思い続ける地獄。親友は失いたくないのに、近寄れないかもしれない。
目をやりたくない未来しかない。

死にたい、本当に。