ありがたいことに私が流産したことで悲しんでくれる人たちがいる。
職場の先輩は涙を流して一緒に悲しんでくれた。
妹と父はラインで力づけてくれた。
妹は2時間も電話に付き合ってくれた。

そう!本来なら、一緒に悲しんでくれる人はありがたい存在のはず。
しかし、そうとばかりはいかないのがAC家庭のなせる技。

今の時期、本来なら私が一番悲しんでいいはずだが、私が慰めなければならない人たちが現れ、悲しみに浸っていられない。

まず、夫。
私を慰めるどころか、私に慰められることをお求めの様子。
流産直後に「これから完全流産あるいは掻爬手術の痛みを控える私は悲しみを受け止めきれていなくて、恐怖が先に立っているから、あなたの方が辛いかも」なんて言ったものだから、夫は慰める必要なんてないと思ってしまったのか。

がっかりした。
夫が落ち込んでいる時に慰めてきたのに、私が落ち込んでも慰めてくれない。

流産は2人で乗り越えるものだと思ったけれど、私はきっと1人で乗り越える。
でも夫が何もしてくれなかったことで、私は今回の不幸から多くを学び取って強くなれると思う。
夫は優しいと思っていたが、どうやら「良い時」しか優しくしてくれないらしい。
毎日鬱陶しいくらい私にまとわりついていたが、流産したあと、その翌日以降触りもしない。
つまり、妊娠している私が好きだっただけで、妊娠していない私には興味がない。
子供が欲しいだけだったのかもしれない。
今後が不安。


次に母。
私が流産して以降、持病の鬱が悪化して力が入らないそう。
具合が悪いと言われた。
事務連絡をした時にそう告げられた。
さらに、流産には原因があったはずだ、次に妊娠しても流産するかも、次に妊娠しても障害児が生まれるかも、その他にも孫(私の妹の子)があーだ、こーだと子供を亡くしたばかりの私に子供かわいいエピソードを大量投入。
それをやめてと言えないAC。
私のせいで体調が悪いという母を私は気にかけなければならないのでしょうか。


悲劇のヒロインではいられないこのAC家庭。機能不全家庭。
この環境のおかげで、私は強くなれるでしょう。
でも、本来はもっと悲しみを味わい尽くさなきゃいけないのに、悲しみをちゃんと処理しきらずに、夫や母親のケアに回ることになる。
これは、一時的には現実逃避になるけれど、結局は未来の自分が苦しめられることになる。
人生、積み残しはちゃんと積み残しとして未来に残るから。


流産してもわずか3日で立ち直ることを強要されている。
AC家庭から逃げたい。