花壇設計学びを深めて「イングリッシュガーデンとは?記憶の中の圧巻ボーダー花壇」 | あんのブログ

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8月7日(火曜日)ANNEのブログです。

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母校での記憶の中での圧巻・・・ボーダーガーデンはすでになくなりましたが

蓼科ガーデンではまだ学びが深められるとばかり・・・あせる

春から夏・・・車車を走らせました。

恩師から・・・このようなカード右下矢印もいただけて

手製押し花カード右下矢印です。
ANNEはいろいろな意味で頭の中がぐるぐる~回っております。(;^_^A

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奥ちゃんの訳した

日陰のガーデニング右下矢印もひっぱりだしました。



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下の写真は・・・右下矢印

蓼科ガーデン

蓼科ガーデンで育てた花でのフラワーアレンジメントのポストカード。

10代だったANNEにとって

母校での花壇設計は強烈な印象と花壇設計のむずかしさ・・・が思いだされます。

英国に出向いた時・・・素晴らしいといわれるガーデンに出向き

確かにすばらしいのだけれども

合格私はこのガーデンを知っているという不思議な記憶に

つつまれて・・・。

イングリッシュガーデンと恵泉のボーダー花壇という記事を読み始めて・・・

1929年からの母校の歴史を見つめ・・・

何故?

私の心にこのような暮らし園芸・生活ということが根ずいているのか?

恩師の呪文?がいつも私の心に・・・

恩師は1941年米国ペンシルベニア州・・・の女子園芸学校へ・・・

(日本の大学を卒業後)

それを・・・英国キュウガーデンで研修されてきた先生たちと一緒に花キ園芸学として教えた。

つまり・・・英国キュ―ガデンで研修された先生は大正末に日本に導入されて・・・

あの美しい草本植物の花壇設計、ボーダー花壇はいつも私の心に鮮やかに残ったということになるのですが・・・。




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いまでもガラスのケースの中で育てられる植物を探し、また配置しなさいといわれた声が思い出される。

デルフィニューム・オ―ランティアカ・ハイブリダの美しいブルー。

それもあのボーダー花壇では美しいカラースキ―ムの中、異彩をはなっていた。

花壇設計は全て水彩絵の具で描き・・・

同窓生たちがその課題絵をもちよれば・・・濃厚な教科書となることだっただろうに・・・。

学部が廃止されても学んだ教育は同窓生の心の中にはともしびとなって残っていつことかと。

自分ができること。

園芸・生活

学びを発信するために・・・2012年の目標は続く・・・。

今日も一日心おだやかな日でありますように。

追伸:

ANNEのホームページは2012年7月31日で閉鎖いたしました。

今後のアクション次第では再開設するかと思います。

ありがとうございました。

ANNE