赤い自転車に乗って
土曜日
授業が終わって
校門を出てすぐのところで
赤い自転車にまたがった男子生徒がこちらを見ている
自転車での通学は
校則で固く禁じられていたので
下校中の何人もの生徒が振り返って見ている
彼は目立っていた
夏の太陽が彼を眩しく照りつける
彼の名はギル
みんなからそう呼ばれている彼は
今日はやけにめかし込んでいた
一番上の兄から香水を借り
首筋と脇にたっぷり吹き付けてきたのである。
ホワイトムスクの香りが辺りいっぱいに広がっていた。
それからギルは奇妙なほど太いズボンを履いていた
この頃の流行りでもないのだけれど
ボンタンと呼ばれるその変形したズボンは
『不良』する若者にとって
憧れのアイテムらしい。
そして地域によって様々だと思うが
喧嘩の強い者ほど
このズボンの幅がどんどん太くなっていくように思える
彼のズボンの太さから見ると
喧嘩の腕はなかなかのものらしい
相撲取りが履けそうなほど
とても大きなズボンを履いているからだ
それからギルは
二番目の兄からは整髪スプレーを借りていた
髪を額上Vの字に逆立てガチガチにかためていた
リーゼントというのだろうか?
時代遅れにみえる出で立ちこそ好む彼は
古き良き『不良』を演じている役者のようであった。
実際のところ、カナダ人の父と日本人の母を持つ彼は
鳶色の綺麗な瞳をしていたし、背が高く女の子からかなりモテていた。
男からも人気があった
同い年だけでなく年上年下からも
そんなわけでみんなから注目されている彼は
この場から早く去りたい様子だった。
そして
わたしが近づくと
「よぉ、、、、乗って!」と自転車の後ろに目をやるのが精一杯の様子で
汗をかいている
わたしが脚を揃えて横座りに乗ると
わたしを乗せた赤い自転車が動き出した
さっき冷やかすように見ていた生徒たちをぐんぐん追い越す
彼がこぐ自転車は
駅の近くまで来たようだ
案内してもらったお店は
大人な雰囲気の老舗の喫茶店
店構えからして
わたしは勿論これまで入ったことがない。
店内は真っ昼間というのに薄暗い。
ちょっと不気味だ。
赤い自転車を止めると彼が喫茶店の中へ先に入っていった。
わたしはすぐ後ろからついていった。
自転車が倒れないか横目で見ながら
わたしは喫茶店へ入っていったのだ。
少し大人になった気がした。
香水も。整髪剤も。喫茶店も。赤い自転車も。
わたしは家に帰ると
すぐにシャワーを浴びた
湯船に浸かってため息をついた
食べたサンドイッチやミックスジュースは思い出せる
クーラーが冷えすぎて寒かったのも思い出す
彼の目配せを見て
あぁ、おみせの人と顔馴染みなんだなぁ~とも感じた
でも、、、
ぬるくなった湯船に
今度は鼻ぎりぎりのところまで深~く浸かった
鼻から大きくため息をついた
フゥーーーーーーーーーーー
彼と何をしゃべったのかは
全く覚えてないのである
今度は大きく息を吸い
鼻をつまんで頭ごと潜った