今年で没30年、脚本家金城哲夫を思い出してみた。
奇しくも15才で夭逝した我が長男が誕生した1976年に...没。
息子も今年30才になったのか。。

金城哲夫さんとの思い出。
脚本家と出演者は一度の面識もなく終るという事がありがちですが、
それでも金城さんは度々現場にも顔を出して下さっていますので
点々としか思い出せませんが思い出すまま2・3エピソードを。
セブンの撮影がインしてほどなくした頃、
満田監督に初めて成城学園駅そばのスナック・ファニーに連れていって貰った。
そこは円谷スタッフの溜まり場で、そのうち金城さんや円谷一監督ら数名のスタッフが合流した。
その日の金城さんの手には縄の掛かった壺をぶら下げていて、
店に入るなり壺をかざして仁王立ちで言った。
「泡盛、送られてきたんだ!」
まるで子供が欲しかった玩具がやっと手に入って自慢する様に嬉しそうだった。
時代的に沖縄の酒は入手しずらかったのだろうか?あの晩は一頻り嬉しそうに泡盛を皆に振る舞っていた。
「アンヌも呑むか!45度と強いからな。」
あの何とも茶目っ気たっぷりな優しい眼差しが未だ忘れられない。

昭和42年10月1日(日)「ウルトラセブン」放送開始、それから2ヶ月経った頃、
私たちウルトラ警備隊一行はイベントで鹿児島の城山観光ホテルに呼ばれた。
金城さんが司会をなさるそうで一緒に飛行機YSー11に同乗したのです。
生まれて初めての飛行機に不安がっていた私、それを察した金城さんが、
「アンヌ大丈夫・大丈夫!飛行機は車よりズーと安全な乗り物なんだよ」
彼は人を安心させるおおらかな包容力のある方です。
・・しかし、かなりの揺れなのです。
ドスーンとエアーポケットに落ちたりフワリフワリと上がったり下がったり
なにしろ初めての飛行機なのでこんなモノか?と思いつつも
「キャ怖い怖い、ねえ大丈夫?こんなに揺れて、落ちるんじゃない?」
隣のシートに座ってたダンが、私があまり騒ぐものだから少々不安げでした。
「大丈夫」と励まして下さった右後ろにいた金城さんの顔を伺うと、
その顔が真っ白なお豆腐のような顔色をなさってこわばっていたのです。
「こんなに揺れた飛行機初めて乗った。落ちるかと思ったよ。」
あとで聞いたお言葉はこうなのでした。(笑)

あの頃の金城さんってお若かったのですねぇ。
私より9つ上だからまだ29才だった。
短期間のお仕事にあれだけ才能を発揮したなんて今さらながら脱帽です。