ニューナンブM57A

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ニューナンブというともちろん警察官用のM60が有名だが、それ以外に複数の試作拳銃が存在した。
今回はそのうちの一つであるM57Aについて書いてみる。
これは自衛隊向けの試作品なので本来はこのブログの趣旨とはずれるが、番外編として書いてみたい。

ニューナンブを開発生産した新中央工業は、戦前に十四年式拳銃などを生産していた中央工業の後身である。
戦後は兵器製造が禁止される中、中央工業は米軍および日本警察の銃器のメンテナンスのために事業継続を許されたが、元々が大倉財閥系の会社であったため戦後の財閥解体のために解散、昭和24年に新たに新中央工業が設立された。
新中央工業となってからも、警察が自前の銃器メンテナンス施設を整えるまでは日本国内唯一の本格的なメンテナンス施設として拳銃に関わる事になる。

その後昭和31年に通産省が音頭を取って、国産拳銃の開発をする事になる。

拳銃研究会
 拳銃の需要は,防衛庁はもちろん,警察庁,海上保安庁,国鉄,法務省,厚生省にまたがることから,昭和31年9月,通産省が乗り出して国産拳銃の統一規格を作成することとなった。
 そこで銃砲部会に拳銃研究会を設置して研究を進めた。この研究会は,拳銃メーカ及び拳銃弾メーカの専門家を委員として構成し,関係官庁の担当官の出席と指導を求める方式で開催した。
 昭和32年1月,需要官庁の拳銃規格に関する希望条件について打合せを行い,同年2月,官庁側の要望する性能を検討し,同年3月には統一規格として次の3種を制定することとなった。
  大型拳銃 口径9mm自動拳銃
  中型拳銃 Cal.32自動拳銃
  小型拳銃 Cal.38スペシャル回転弾倉式拳銃
 この3種の拳銃について規格案の作成と審議を行い,昭和32年11月に拳銃及び弾薬の規格を作成した。
 この規格に基づき,32年度鉱工業技術研究費補助金を受けて試作し,昭和33年には試作品の披露と報告を行って研究会を終結した。なお,警察庁はこの規格で国産に移り,実用に供した。

  「日本兵器工業会三十年史」日本兵器工業会, 1983.3


ここにある「拳銃メーカ」が新中央工業であると考えていいだろう。
ここでは新中央工業の関与が不明確だが。別資料によると「細部設計、研究試作、生産が新中央工業で行われる事となった。」とあるので、昭和32年11月の規格制定に基いて、具体的な設計と試作が新中央工業で行われたという事になる。

今回扱うのは3種のうち「大型拳銃 口径9mm自動拳銃」にあたる物である。
一般的には「ニューナンブ M57A」と呼ばれているものだが、M57Aという名称が実際にいつの時点で決まったかはわからない。
とりあえずM57Aに関する資料を引用しよう。

 新南部57型自動拳銃

 将来、防衛庁、海上保安庁の拳銃として開発したもので、口径は現在NATOが採用している9ミリ・ルガーパラベラム実包と同じものを使用するように合わせられている。
 機構は銃身が後退するショート・リコイル式で、遊底の後退によって撃鉄が起こされるハンマー・システムを採用している。
(中略)
 新南部式57型の外観は、写真にも見られるように、アメリカのコルト式11自動拳銃によく似ているため、そっくりコピーしたものと思われがちだが、内部機構に大きな特長が隠されている。
 それは修理、手入れのため分解するとき、コルト式自動拳銃では全部バラバラに分解しなければならないが、新南部自動拳銃にはその必要がないのである。
 この拳銃は分解にあたり、まず銃身部、撃鉄部、フレーム、弾倉の4つのブロックに分解することができる特長をもっている。
 これの利点は、両方の拳銃の分解を実際に行なった経験のある人ならおわかりになると思うが、全部バラして手入れを行なってから組立てる場合(コルト式)と、一つずつのプロックを順に分解して、手入れができることは、小部品の紛失を防ぎ、組立ての順序を容易にし、時間も短縮できる。
 実際に使用する立場の身になって開発したともいえるだろう。
 安全装置は撃鉄の半起(ハーフコック)の他に、弾倉安全装置(マガジン・セフティ)および指動安全装置がついている。
 データは銃身長118ミリ、全長197ミリ、重量(空弾倉とも)970グラム、8発弾倉、ライフルは右回りの6本である。
 初速は350メートル、貫徹力は160ミリの松板を15メートルで貴通し、最大射程は1800メートルと発表されている。
 銃身には、クローム・モリブデン鋼を使用し、握りはフランスクルミ材を使っている。

  
「生きていた日本の拳銃」矢沢修一 「GUNマガジン」1965年9月号


もう一つ

口径9mmの軍用タイプのセミ・オートビストルで,この銃には指動安全装置と弾倉安全装置はあるが,銃把安全装置はついていない。
しかし,外観や分解などはアメリカのコルト45・オート・ピストル(M1911Al)によく似ている。コルトとM-57との最も大きな違いは分解の時に、M-57は弾倉,スライド,フレーム,撃発装置の4つに分けられることで,撃発装置は撃鉄,撃針,逆鈎,逆鈎スプリング,弾倉安全装置及びそのスプリングが一つのグループになってフレーム上部からとりはずせるようになっている。これは分解・手入れの際に非常に便利な考案であることはいうまでもあるまい。このピストルは11・43cmで右旋回、1回転25.4cm,5条ライフル入りの銃身を持っているが,6条ライフル入りの銃身も造られているらしい。グループ・ダイアメーター9mm,ボア・ダイアメーター8.8mm。
 コルトと違ってM-57はトカレフのように銃身の周囲にロッキング・リングがついていて,それによって銃身をスライドにロックしているが,発射時に銃身が後退してロックをはずす機構はコルト45の場合と同じく,ジョン.M・ブロウニングの設計を大体そのまま取り入れている。



「New-NAMBU ニュー・ナンブ・ピストル」西江剛 「GUN」1964年7月号 国際ガン出版

こちらの記事には写真キャプションで「新中央工業では輸出も考えているらしい」という記述がある。


更にもう一つ

昭和31年になると、国産拳銃製造再開の機運が熱して、日本兵器工業会は、通産省の指導のもとに、統一規格による拳銃の製造を計画、新中央工業において、研究試作が行われ、3種類の拳銃が造られた。
 それは、大型の新南部式。9ミリ径自動拳銃、小型の新南部式、32径自動拳銃、小型南部式38径スペッシャル・回転弾倉拳銃だが、この他にも、輸出用の、ニュー・ナンブ・オートマチック・ターゲット・ピストルという22径スポーツ拳銃も造っている。
 大型の新南部。9ミリ径自動拳銃は、NATO軍の採用している、ルガー・パラベラム弾が使用出来る。
(中略)
 安全装置は、撃鉄のハーフコックの外に、弾倉安全装置及び、指動安全装置の三段構えで、安全度が非常に高い。
初速350メートル、銃口エネルギー50kg-m、貫徹力(乾燥松板)、15メートルで160ミリ。最大射程1800メートル、銃身長118ミリ、全長197ミリ、ライフルは右回りで6条。重量は空マガジン共970g。8発箱弾倉。
 この拳銃は、分解に当り、まず大きく四つに分ければよい。つまり、銃身部と、撃鉄部と、銃身受け部と、弾倉部だ。
 このように分解すると、まず一つのブロックだけをバラパラにして、清掃なり修理が終ると、元のように組立てて、次のブロックにかかれる。
 つまり、小さな部分品がなくなったりする心配が少なくなった訳である。


「拳銃図鑑」矢野庄介 宝石社 1961年


さて、以上の資料からわかる事を整理してみよう。

まず、これらの拳銃が開発された経緯についてだが、背景には当時の自衛隊や警察などが使用していた拳銃の全てが外国製であり、またほとんどが老朽化し、かつ雑多であったという状況があるだろう。
そして音頭を取ったのが通産省であったという事から、その主眼が国内産業の育成という点にあったという事が想定できる。
この事は使用者側が必ずしも国産の新拳銃を求めていた訳ではない可能性につながる。

とりわけ自衛隊にとっては、いくらM1911が老朽化していたとしても、米軍と共用性のない9mmパラベラム弾使用の銃を本当に求めていたのかという疑問につながる。おそらくは自衛隊側としては威力も反動も過大な45口径よりも9mmを希望する要望はあったものの、米軍との共用性を断ち切る覚悟はなかったように思われる。
それならそれで最初から45口径で開発すれば良さそうな気もするが、あえて9mmとしたのは使用者として自衛隊だけではなく海上保安庁も想定されていた事もあるだろう。
この時点で既に海上保安庁は9mmのFN ハイパワーやS&W M39を採用しており、当然要求も9mm弾使用であったはずである。(実際には海上保安庁は唯一量産化されたM60を採用するのだけれども)

もう一つ9mm弾採用の理由として考えられるのが輸出可能性である。
前掲の「GUN」の記事にも「新中央工業では輸出も考えているらしい」という記述があるが、通産省が主導しているからには全ての拳銃は輸出も念頭においていたとしても不思議はない。
新中央工業が開発した拳銃の中でも、特に22口径の競技用拳銃やM60から発展した競技用のサクラは明確に輸出を念頭においているし、ミロクは実際にアメリカに拳銃を輸出している。
そのように輸出を念頭に置いた場合、45口径よりも9mm口径の方が、マーケットが広く売り易いという判断もあったとしてもおかしくはない。(アメリカ市場に限定した場合は45口径の方が当時は圧倒的に有利だが)

次にM57Aの銃自体についてだが、この点について上記の3種の資料の記述は、ライフリングが5条か6条かという点を除けば共通している。
その中でM57Aの特徴としてポイントになるのは下記の点である。

1. 外観はM1911に類似しているが内部機構にはかなり異なる点がある。
2. 通常分解がM1911に比べて容易で、大きく4つの部分に分けることが出来る。
3. ロッキング機構はトカレフに似た銃身の周囲にロッキングリングがついているタイプ。
4. M1911にはないマガジンセフティがある反面、グリップセフティはない。

まず2についてだが、ポイントは「GUN」の記事にある「撃発装置は撃鉄,撃針,逆鈎,逆鈎スプリング,弾倉安全装置及びそのスプリングが一つのグループになってフレーム上部からとりはずせるようになっている。」点である。
4つの部品のうち3つ(弾倉,スライド,フレーム)は、たいていのオートマチック拳銃で共通だが、4つめの撃発装置がまとまった一つの部品として存在する銃は珍しい。
私の知ってる中ではトカレフ(とモーゼル C96)ぐらいである。
3と合わせると、M57Aは外観的にはM1911に似ているが、内部機構的にはトカレフの影響も大きいという事が出来る。
1の意味も結局そういう事であり、4についても撃発装置をひとまとめにした結果、グリップセフティを諦めたのだと思われる。

さて、ここまでで複数のM57Aの画像を挙げたが、実は公開されているM57Aは2種類ある。
もう1種類はこちらである。

 「ニュー・ナンブ・モデル57A1」床井雅美 「GUN」1981年2月号 国際出版

上 M57A     下 M57A1

M57A1はとりあえず置いておいて、M57Aの方は明らかに最初の方であげたM57Aと異なっている。
トリガー、スライドの溝、グリップ、マガジンキャッチ、などかなり異なる点がある。
理由はわからないが、おそらくはM57Aの試作品でも初期型と完成型があり、根拠はないが、床井氏の記事にM57A1と共に写っている方が完成型ではないかと思われる。

なんにせよM57Aは試作で終わり、自衛隊には採用されずに終わった。
理由はやはり米軍との共用性の問題と、所詮軍隊にとっては拳銃は戦力にはほとんど関与しない「不要不急の兵器」であったからだろう。

しかし、さすがにM1911の老朽化にしびれが来たのか、1979年に防衛庁は新中央工業に新拳銃開発の依頼をする。それが上に挙げた画像の下の方の銃であるM57A1である。
名前は末尾に1が付いただけの違いだが、M57AとM57A1では全く違う銃に見える。
ただし下の画像にあるようにM57Aの最大の特徴である撃発装置のブロック化は受け継がれている。


 「ニュー・ナンブ・モデル57A1」床井雅美 「GUN」1981年2月号 国際出版


M57A1については「GUN」1981年2月号に床井雅美氏の詳細な記事があるので、そちらをご覧になってほしい。

結局M57A1の方も外国製拳銃とのトライアルで敗北し、自衛隊にはSIG-ザウエル P220が採用され、新中央工業でライセンス生産される事になる。
そして新中央工業はミネベアに買収されて、その一部門となり、現在は拳銃生産からもほぼ撤退状態に見える。
M57A1が日本で開発された最後の拳銃になる可能性もあるのかもしれない。