続いて関西地方である。
三重県
「三重県警察史」には配分そのものに関しての記述は無いが、「三重県警察が現在保有しているけん銃」の画像が掲載されている。

「三重県警察史 第4巻」三重県警察本部,三重県警察史編さん委員会 編 1994
これを見ると、三重県に当初配分されたのは国警がS&W ミリタリー&ポリスであり、自警に配分されたのがコルト M1911である事がわかる。またこの警察史が編纂された1994年頃にはまだM1911が一応現役だった事もわかる。
小型けん銃のチーフススペシャルとディテクティブは昭和26年の新規購入分であり、コルトの32口径(M1903)と25口径(M1908)はその後に小型けん銃の補完で再配分された旧けん銃となる。
三重県は戦前に3丁のブローニングを購入しており、戦後は地元の軍から移管された大量のけん銃を保有したが、それらは全て一回返納されているので、ここにある銃とは直接の関連は無い。
ちなみに32口径の場合、たいてい残っているのはブローニングの方であって、コルトは珍しい。
また「名古屋市警察史」には昭和29年に名古屋市で発生したタクシー強盗の犯人の使用したM1911A1の写真が載っているが、本文には三重県の四日市市警から盗まれたものと書かれている。
他には「宇治山田市警察の記録」にはM1911で射撃訓練をしている写真が掲載されている。宇治山田市というのは、三重県の県庁所在地である津市の旧名である。

「宇治山田市警察の記録 神都の治安を守った人々の記録」宇治山田市警察記録継承の会
三重県自治体警察の定員は815名なので、配分数も815丁と思われる。
和歌山県
本県では、同年(昭和24年)九月二十六日国家地方警察に回転式のスミス・アンド・ウェッソン(S&W)スペシャル三八口径四三三挺(一人一挺)と実弾七七七二発が、自治体警察には翌昭和二十五年八月十八日から二十日までの間に自動式のコルト四五口径七一八挺(一人一挺)と実弾三万五九〇〇発がそれぞれ配分された。
「和歌山県警察史 第3巻」和歌山県警察史編さん委員会 編
和歌山県は718丁と明記されている。
奈良県
(略)このとき国家地方警察本部では二十四年十月三日一斉に個人貸与した。しかし、県下自治体警察ではややおくれて、二十五年八月十八日国家地方警察本部よりコルト自動式けん銃を受領、同月二十五日個人貸与している。
「奈良県警察史 昭和編」奈良県警察史編集委員会 編
奈良県の自治体警察は395名、M1911の推定配分数は395丁となる。
大阪府
「大阪府警察史」には、大阪市警視庁(大阪市警)にコルト M1917が配分された事は書かれているが、その他の自警がどうだったのかは書かれていない。これは東京の警視庁の場合も同じである。しかし大阪の場合は他の資料により状況を知ることができる。
まずは有名な吹田事件の画像である。

吹田事件に出動したのは地元の吹田市警および隣接の茨木市警、そして国警であり、この写真に写っているのは、そのうちの茨木市警の警察官であると思われる。
国警はそもそも38口径リボルバーに決まっているし、この事件で出動したのは警察学校の生徒が中心で後方にいて動いていない。そうなると自警のどちらかという事になるが、この写真は火炎瓶攻撃を受けた警察官なので、車両に火炎瓶攻撃を受けた茨木市警という事になる。
いずれにせよ、大阪府の大阪市以外の自治体警察はM1911を配分されていたことになる。
次は大阪府の「国警年鑑」である。

「国警年鑑 1953」国家地方警察大阪本部総務部秘書企画課/編集
主に財政上の理由から警察機能を国に返上して解散した町村警の装備が国警に返納された記録である。(一部は増員に基く再配分による増加)
これによると、解散した町村警察から返納された銃は全てコルト M1911である事がわかる。(画像では省略したが、この他に「「自治体警察が独自の財源で購入した」ディテクティブや増員分の再配分がある)
これらの事から、大阪市以外の大阪府の自治体警察に配分されたのはM1911であったと断定してよいと思われる。
大阪府の自治体警察の定員は10596名、そのうち大阪市警視庁の定員8600名を引いた1996名にM1911を配分されたと思われる。
兵庫県
以前のM1917編において、兵庫県の自治体警察に配分されたのがコルト M1917である事を書いた。
しかし「兵庫県警察史」の記述は巻によってバラつきがある。
昭和二十四年八月、まず国警警察官全員に対し、その定員数に見合う拳銃(回転式S&W三八口径)ならびに弾薬が交付され、翌二十五年一月には神戸市警、三月にはその他の自治警すべてに対し、定員数に相当する回転式四五口径のコルト拳銃が貸与され、ここに県下全警察職員の武装が実現した。
「兵庫県警察史 昭和編」兵庫県警察史編さん委員会 編 1975
兵庫県下では、昭和二四年八月にSW(スミスアンドウェッソン)三八口径の回転式拳銃が、国警警察官全員に貸与され、神戸市警には翌二五年一月、その他の自治警には同年三月に、S&Wより一回り大きいコルト四五口径の回転式拳銃(一部は自動拳銃)が全警察官に配分され、旧拳銃はすべて国警本部に返納された。
「兵庫県警察史 昭和 続編」兵庫県警察史編さん委員会 編 1999
という訳で、コルトの45口径の中に自動式が存在していたのかについて記述が異なる。
ちなみに頼りの「警察年鑑」の表では単に「コルト45口径」などとあるだけで、コルト45口径の中に自動式があったのかは書かれていない。
そのためM1917ではこの点を保留としたのだが、今でも決め手は無い。
とりあえず一応M1911の項目に兵庫県を挙げたが、実際はなんとも言えない。
滋賀県
滋賀県を抜かしていたので追加する。
残念ながら滋賀県も県警史などにははっきりした記録がない。
ただし県警史に掲載されている二つのけん銃画像にはどちらもM1911が写っている。


という事で滋賀県警がM1911を装備していたのは間違いない。
おそらくは滋賀県の場合もそもそも自治警に配分されたのはM1911であったと考えてよいと思われる。
点検の方の画像にはリボルバーも写っているが、こちらについては不鮮明なので保留としたい。
ちなみに滋賀県自治体警察の定員は464名である。
以上で関西地方編の記述を終える事にする。
そして、これが各地方編のラストで次はまとめ編になる。
三重県
「三重県警察史」には配分そのものに関しての記述は無いが、「三重県警察が現在保有しているけん銃」の画像が掲載されている。

「三重県警察史 第4巻」三重県警察本部,三重県警察史編さん委員会 編 1994
これを見ると、三重県に当初配分されたのは国警がS&W ミリタリー&ポリスであり、自警に配分されたのがコルト M1911である事がわかる。またこの警察史が編纂された1994年頃にはまだM1911が一応現役だった事もわかる。
小型けん銃のチーフススペシャルとディテクティブは昭和26年の新規購入分であり、コルトの32口径(M1903)と25口径(M1908)はその後に小型けん銃の補完で再配分された旧けん銃となる。
三重県は戦前に3丁のブローニングを購入しており、戦後は地元の軍から移管された大量のけん銃を保有したが、それらは全て一回返納されているので、ここにある銃とは直接の関連は無い。
ちなみに32口径の場合、たいてい残っているのはブローニングの方であって、コルトは珍しい。
また「名古屋市警察史」には昭和29年に名古屋市で発生したタクシー強盗の犯人の使用したM1911A1の写真が載っているが、本文には三重県の四日市市警から盗まれたものと書かれている。
他には「宇治山田市警察の記録」にはM1911で射撃訓練をしている写真が掲載されている。宇治山田市というのは、三重県の県庁所在地である津市の旧名である。

「宇治山田市警察の記録 神都の治安を守った人々の記録」宇治山田市警察記録継承の会
三重県自治体警察の定員は815名なので、配分数も815丁と思われる。
和歌山県
本県では、同年(昭和24年)九月二十六日国家地方警察に回転式のスミス・アンド・ウェッソン(S&W)スペシャル三八口径四三三挺(一人一挺)と実弾七七七二発が、自治体警察には翌昭和二十五年八月十八日から二十日までの間に自動式のコルト四五口径七一八挺(一人一挺)と実弾三万五九〇〇発がそれぞれ配分された。
「和歌山県警察史 第3巻」和歌山県警察史編さん委員会 編
和歌山県は718丁と明記されている。
奈良県
(略)このとき国家地方警察本部では二十四年十月三日一斉に個人貸与した。しかし、県下自治体警察ではややおくれて、二十五年八月十八日国家地方警察本部よりコルト自動式けん銃を受領、同月二十五日個人貸与している。
「奈良県警察史 昭和編」奈良県警察史編集委員会 編
奈良県の自治体警察は395名、M1911の推定配分数は395丁となる。
大阪府
「大阪府警察史」には、大阪市警視庁(大阪市警)にコルト M1917が配分された事は書かれているが、その他の自警がどうだったのかは書かれていない。これは東京の警視庁の場合も同じである。しかし大阪の場合は他の資料により状況を知ることができる。
まずは有名な吹田事件の画像である。

吹田事件に出動したのは地元の吹田市警および隣接の茨木市警、そして国警であり、この写真に写っているのは、そのうちの茨木市警の警察官であると思われる。
国警はそもそも38口径リボルバーに決まっているし、この事件で出動したのは警察学校の生徒が中心で後方にいて動いていない。そうなると自警のどちらかという事になるが、この写真は火炎瓶攻撃を受けた警察官なので、車両に火炎瓶攻撃を受けた茨木市警という事になる。
いずれにせよ、大阪府の大阪市以外の自治体警察はM1911を配分されていたことになる。
次は大阪府の「国警年鑑」である。

「国警年鑑 1953」国家地方警察大阪本部総務部秘書企画課/編集
主に財政上の理由から警察機能を国に返上して解散した町村警の装備が国警に返納された記録である。(一部は増員に基く再配分による増加)
これによると、解散した町村警察から返納された銃は全てコルト M1911である事がわかる。(画像では省略したが、この他に「「自治体警察が独自の財源で購入した」ディテクティブや増員分の再配分がある)
これらの事から、大阪市以外の大阪府の自治体警察に配分されたのはM1911であったと断定してよいと思われる。
大阪府の自治体警察の定員は10596名、そのうち大阪市警視庁の定員8600名を引いた1996名にM1911を配分されたと思われる。
兵庫県
以前のM1917編において、兵庫県の自治体警察に配分されたのがコルト M1917である事を書いた。
しかし「兵庫県警察史」の記述は巻によってバラつきがある。
昭和二十四年八月、まず国警警察官全員に対し、その定員数に見合う拳銃(回転式S&W三八口径)ならびに弾薬が交付され、翌二十五年一月には神戸市警、三月にはその他の自治警すべてに対し、定員数に相当する回転式四五口径のコルト拳銃が貸与され、ここに県下全警察職員の武装が実現した。
「兵庫県警察史 昭和編」兵庫県警察史編さん委員会 編 1975
兵庫県下では、昭和二四年八月にSW(スミスアンドウェッソン)三八口径の回転式拳銃が、国警警察官全員に貸与され、神戸市警には翌二五年一月、その他の自治警には同年三月に、S&Wより一回り大きいコルト四五口径の回転式拳銃(一部は自動拳銃)が全警察官に配分され、旧拳銃はすべて国警本部に返納された。
「兵庫県警察史 昭和 続編」兵庫県警察史編さん委員会 編 1999
という訳で、コルトの45口径の中に自動式が存在していたのかについて記述が異なる。
ちなみに頼りの「警察年鑑」の表では単に「コルト45口径」などとあるだけで、コルト45口径の中に自動式があったのかは書かれていない。
そのためM1917ではこの点を保留としたのだが、今でも決め手は無い。
とりあえず一応M1911の項目に兵庫県を挙げたが、実際はなんとも言えない。
滋賀県
滋賀県を抜かしていたので追加する。
残念ながら滋賀県も県警史などにははっきりした記録がない。
ただし県警史に掲載されている二つのけん銃画像にはどちらもM1911が写っている。


という事で滋賀県警がM1911を装備していたのは間違いない。
おそらくは滋賀県の場合もそもそも自治警に配分されたのはM1911であったと考えてよいと思われる。
点検の方の画像にはリボルバーも写っているが、こちらについては不鮮明なので保留としたい。
ちなみに滋賀県自治体警察の定員は464名である。
以上で関西地方編の記述を終える事にする。
そして、これが各地方編のラストで次はまとめ編になる。