久々のブログです爆  笑

 

今日は息子の不登校の記録をもとに書いてみようと思います。

 

息子は2019年、こちらの国で2年生になった夏から不登校になってしまった。

 

保育園、幼稚園の時から、発達障害の特性は色濃く見られていたものの、診断には至らず、休み休み本人のペースで

幼稚園までは通えていた。家の隣にあったというのも、本人にとっての安心材料だったのかもしれない。

 

その後、普通学校に通っていた息子は、学校で懸命に周りに合わせようと頑張り、必死で授業についていこうと頭を働かせ、先生からは怠けていると思われ。。。

 

学校から帰るたびに毎日泣いて暴れる日が増えていった。その状況を説明しても学校ではいつもニコニコしているため

なかなか担任は理解してくれなくて。。。私たち両親も、学校からのプレッシャーも手伝って、朝行き渋るもんたをなんとか学校にさえ行かせれば。。。と。今思えば、、、食べ物で釣ってみたり、恐ろしいくらいに無理やり学校に行かせていた。

 

2年生になった夏に学童の場所が移動になった。それが息子の限界の引き金になってしまった。

朝の行き渋りから腹痛、頭痛、又朝から大声を出して暴れることもあった。きっと彼なりの警告だったのだろう。

 

私は泣きながら担任に訴え、又、経験のある学童の養護教員がモンタのことを良く観察してくれていて、ようやく理解が得られて、息子は学校内の子供心理カウンセラーで発達障害のテストを受けることになった。

IQは平均して140以上とかなり高値にも関わらず、認知機能が低かった。その後、物凄く時間がかかって

ようやく精神科ドクターを受診したころ、息子の心はすでに限界を超えていた。

 

自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群)、不安神経症、チック症状、トゥーレッター症候群、不眠症。。。

自閉症で感覚過敏もあった8歳の息子の小さな心はパンクしてしまっていた。

 

今もしも、この記事を読んでくださっている方がいて、ご自分のお子さんが学校の行き渋りを訴えている時は

根性論で済ませるのではなく、どうかお子さんの気持ちに寄り添って、そして原因を一緒に見つけてあげてほしいと思います。1人でも多くのお母さんが、子供の発達障害に早く気づき、適切な療育を早くから受けられますように。。。

 

そこから私たちの長い不登校生活が始まる。。。