谷 亮子ママ
ヤワラちゃんの2回戦
VS 中国
完全アウェイの会場で
一生懸命戦っている彼女の姿を見て
涙が止まりません
涙もろくなったのは
年のせいだろか
ちっちゃい体で
色んなモノを背負って
懸命に戦うヤワラちゃんの姿は
日本の誇りです
田村で金
谷で金
ママでも金
どれだけのプレッシャーを背負っているんだろ…
同じ女性として
彼女の全てにリスペクトです
ヤワラちゃん
あなたは今
間違いなく日本一です!
頑張っている人に
『頑張って!』と言うのは
なんだか違う気がしない?
と、昔から思っておりました
アンナ的に
ピッタリな言葉は
『これでいいのだ!』
赤塚先生~
(´∀`)
やるっきゃナイト!
リンキン祭り
気心の知れた仲間達と
山梨に行く事になりました
車4台で
集団移動
(-_-)
目的は
深夜の昆虫採取
&
南アルプスで川遊び
&
バーベキュー
今日の夜中出発ですって
みんな
まだまだ若くて安心しました
(´ー`)
集団行動が大嫌いなアンナですが
奴らとの集団行動は大好きです
(´∀`)
車の中で
みんなそれぞれ
別々の歌を本気で歌っちゃうところがたまらなく好きです
でも最後には
みんなしてリンキンパークを大合唱しちゃうとことか
ヤバイ!!(笑)
アンナは今日
聖子ちゃんの『渚のバルコニー』を歌うんだぁ~
(ノ´▽`)ノ♪
夏って楽しいなー
+。:.°ヽ(*´∀`)ノ゚:.。+゚
バレー人生
悔しいです
とても悔しい
アンナは小4の時からバレーボールをやっていて
中1ですでに才能を開花し
試合にもちょこちょこ出てました
バレーが物凄く強い中学だったので
監督も元全日本の
バレー専門の監督が教えていて
そんな凄い監督に
『お前にはバレーの素質がある。 とにかく練習しろ!』と言われ
毎日毎日朝練&部活で土日も練習
とにかくバレー漬けの生活をしていました
しかし中2の2学期
肩が脱臼してしまい
それからはサーブやスパイクを打つ度に肩が外れてしまい
病院に行ったら
『まだ成長期だから手術をすると右腕だけ成長が止まってしまう。肩の周りに筋肉をつけて固めるしかない』と言われました
だからアンナは
毎朝毎晩ダンベル&腕立てで鍛えていましたが
結局治らず
泣く泣くバレーを諦めました
それからは
とにかく遊びました
学校にも行かずに
(-_-)
もしあの時
脱臼癖がつかなかったら
バレーを諦めなかったら
きっとアンナは今頃
今テレビで観ている
北京オリンピックの開会式に出ていたんじゃないか…
アテネの時も
そう思いながら観てました
アンナは今でも
バレーボールが大好きです
もう成長しきったので
手術を受けて
今からでもバレーをやりたいと本気で思います
29年間の人生の中で
あんなに夢中になって
がむしゃらに頑張って
歯をくいしばって最後まで諦めなかった経験は
バレー以外にありません
とてもとても良い経験でした
皆さんも
バレーを応援して下さい
m(__)m
バレー…
やりたいなぁ…
(;_;)