私のライフ・ストーリー、
第四部です。ごゆっくりどうぞ。
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◆豊洲でターレを乗りまわす
そして現在、いちかさんの職場は、
「豊洲」である。
「豊洲市場」である。
鮮魚の加工場で、山盛りの魚を仕分けたり、
「ターレ」を乗りまわしたりしている。
「営業もやることになったんですよ」
営業? 魚の?
「そう。飲食店さんに、
『この魚どうですか?』っておすすめするんです」
狭い場所でみっちりと、
同じメンバーと向き合う仕事とは違い、
広い市場を「ターレ」で動き回り、
作業の多くをひとりでこなすため、
息が詰まるようなことには至らないという。
「深夜0時に出勤して、
カンパチとブリのフィレを梱包して、
重さを測って、仕分けして。
あとは、魚をさばくのを練習したり。
タイとか、イサキとか。3枚に。
いつか、魚を全部、
完璧にさばけるようになりたい」
職人肌の先輩たちは、その技を、
いちかさんが聞きに行けば、
もりもり教えてくれるという。
「いろいろ指図もされるけど、でもなんか、
『しょうがねえなあ!』で済むんですよね(笑)」
仕事に何らかの齟齬が起きても、
すぐに忘れて、次へ行く人たちなのだそうだ。
「だから私も、忘れられるっていうか。
引きずらないようになりました」
昼の13時半ぐらいに現場が終わって、
事務所にあがって、お弁当を食べ、
14時ごろに、家に帰る日々。
……なんだか、目に浮かぶのだ。
おそらく、いちかさんは仕事場で、
任された作業を、着々とこなす。
「やぁだあ、○○さんったらあ♪」的に、
はしゃいだり、媚びたりは一切しない。
身についた手際と、身体の動き。
すいすいと乗り回すターレのモーター音。
指図されるのが大嫌いな、いちかさんが、
指図に即座に反応して動く。
「仏の心を持つようになったんですね(笑)。
はいはい、わがままなオトコたちだなあ!って」
どうしても気持ちが切羽詰まったら、
いちかさんは、ターレを乗り回す。
「『疲れた』とか言いたくないんですよ。
言葉にしちゃうと、ほんとに疲れるし、
周りにも悪影響しか与えないことがわかって」
大人になった。
いちかさんが、大人になった!
「まあ、前よりは(笑)。
でも、どうしても弱音を吐きたい日もある。
そういうときの対処の仕方に、
正直、まだ、困ってますね」
職場では、弱音を吐きたくないし、
家では、身体を休めるだけである。
弱音を吐ける場がないのだと、
いちかさんは、眉毛を八の字にしている。
いちかさんがほしいのは「場」ではなく、
「相手」なのではないかなと思う。
そしてその「相手」は、
すでに周りにいるのでないかと思う。
このストーリーを、今、この瞬間、
読んでくれている人たちだ。
「場」は、探し、見つけるものではない。
ここが「場」なのだと、自分で決めた瞬間から、
すでに、そこに、あるものだ。
「市場の仕事は、プラスマイナスを統合すると、
楽しい、と思いますね。
時間内にうまく仕事が収まった時とか。
新しい知識がついた時とか、
その人の新しい一面が見えた時とか。
私の場合、関わり過ぎちゃうとよくないので、
あまり立ち入らないようにしてますけど」
でも、いつか、転職を考えちゃうだろうなあ。
いちかさんは、ぼんやりと、そう思う。
ともに働く人たちと、距離が縮まり、
そこが「ホーム」になってしまうと、
いちかさんは、うずうずと、
旅立ちたくなってしまう。
「新しい何か」にこそ、
いちかさんは猛烈に惹かれるのだ。
「だから、悩みとしては、
ずっとそこにいてキャリアを積めないこと。
……でも、こういう人間だからね」
いちかさんは、「仕事が長続きしない」とか、
「転々としている」のではない。
「さすらう」こと、その一点にかけて、
どこまでも、一貫しているのである。
いちかさんは、世界中をさすらう。
新しいものを求めて。
新しいひとを求めて。
この場所やひととは関係が出来上がったな、
と思ったら、次の旅先へと向かう。
そう。いちかさんは、寅さんなのである。
◆一貫していないという一貫性
市場での仕事を見つけ、
ひとり暮らしをしている、いちかさん。
だいぶ長いこと、親御さんに、
連絡を取らずにいる。
「今は、距離がほしい。
親が言う『こうあるべき』とか、
『こうしなきゃだめ』とか、
そういうのが、今はキツいです」
今、いちかさんは、
自分の人生を自分で作ろうとしている。
親という名の、
生まれて初めて出会う大人たちによる、
「○○べき」や「○○じゃなきゃだめ」は、
その挑戦を、大いに阻む。
言っている本人が思うよりずっと、
子どもには、親の「べき」が、
深く染みているし、響いているのだ。
「親も私も、性格が似てるんですよ。
頑固だし、言い出したら聞かんし。
でもそれをいちいち聞いてたら、一歩も動けない。
だからとりあえず今は、
親のことは考えないようにしてます」
私は、私。
親は、親。
「私がみんなから消息を絶ったとき、
なんでこんなに苦しまなきゃいけないんだろう、
どうしてこんなに騙されちゃうんだろうって、
ずっと思っていたんですね。
でも、ひとり暮らしを始めて、
仕事も安定してきたら、私も安定してきたんです」
自分の人生は、自分で切り開くしかない。
そのことを、いちかさんは今、
身体じゅうで体感している。
「自分で食べていくって大変なことですよね。
家賃と、光熱費と、その他もろもろを、
ちゃんと計算してないと、あとが苦しい」
ごく当たり前に聞こえるけれど、
とてもとても大切なことである。
「30歳までには、自己を確立したい。
生活も、内面も。
自分らしく、生きていたくて」
え、いやいや、ここまでの話、
すでに相当、いちかさんらしいぞ。
さすらいの人生を、揺れながら生きることが、
きっと、いちかさんのアイデンティティだ。
「一貫性がない」という一貫性を生きている。
韓国語ができて、ホテルの接客経験があって、
魚がさばけて、ターレを乗り回せる人材なんて、
どこをどう探したって、いちかさんしかいないのだ。
やりたいことは、どんどんやったらいい。
他に、やってみたいことはありますか?
「営業の仕事は、やりたいですね。
あと、美術系。美容系かな。
美容の学校に行って、化粧品販売してみたい」
他に類を見ないキャリアアップである。
魚の営業経験を生かして、化粧品を売る。
脈絡がないように見えても、
いちかさんの中では、一貫している。
「そう考えると、
私には、後輩って、できないんだろうなあ。
常に新人。常に下っ端。
でも、指図されるのが嫌い(笑)。
ひどいですね私!」
わはははは!と、
喫茶店に私たちの笑い声が響く。
「そうだ。今思い出したけど、
ホテルで働いてた頃、度胸を試そうと思って、
映画のオーディションを受けたことがあります」
え!
何、そのチャレンジ!
「書類審査のない、いきなり演技審査で。
ペアを組まされて、短いセリフだけで、
ストーリーを作るっていう。
一次審査に通ったけど、
二次審査は普通にシフトだったので(笑)、
次には進みませんでした」
そうか。
いちかさんは、そうやって息継ぎしていたのだ。
長く続く何らかの「ホーム」があったとしても、
突発的な「アウェイ」に飛び込むことで、
いちかさんは、いきいきしていく。
そうやって、たとえば、30代になって。
どんな自分でいたいですか?
「チャレンジは、してると思う。
それでいて、軸はブレずにいたい。
でもやっぱり、自分で何か興してたいなあ。
いつまでも新人仕事はキツいなあ(笑)」
ありとあらゆるチャレンジ先で、
それぞれのエッセンスをちょっとずついただきながら、
着々と、最強になっていく、いちかさん。
人生は、つまみ食いでできている。
「いきなり、海外とか行っちゃうかもしれないなあ。
イタリア語で『仕事ください』って、
書いた看板を掲げながら歩こうかな。
魚をさばけたら、
いろんな国の市場で働けるかも」
猛烈にわくわくする。
未来が、一気に楽しみになる。
「あーでも、自分の娘がこんなだったら、
やっぱり心配しますよねえ(笑)」
やっぱり、たまーーーに、親に電話します。
そう言いながら、いちかさんが、笑顔を見せる。
「アウェイ」が彼女を強くする。
「新しいこと」が彼女をかき立てる。
わくわくする方へ。
まっしぐらに、わくわくする方へ。
いちかさんに、熟考は似合わない。
その人生に、ひとつでも多くの冒険を。
そしてまた10年後、
このストーリーの続きを聞けたらうれしいのである。
(2019/03/30)