私のライフ・ストーリー、

第二部です。ごゆっくりどうぞ。

 

 

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◆さびしいのにひとり好き

 

 

 

「そこから、長崎の、

 対馬にある高校に進みました。

 小6の時に、韓国にホームステイに行ったんです。

 各小学校から何名か行くことが決まってて、

 抽選で、応募して。

 そういうことがあったから、

 高校を選ぶときに、親が、

 小さな新聞記事を見つけてきたんですね」

 

 

離島にある、下宿制の高校だった。

韓国まで、フェリーでほんの2時間。

韓国の言葉や文化を学べる学校。

 

 

「『離島留学制度』っていうやつですね。

 自分では、大丈夫かなあと思ってたけど、

 絶賛、親から推されて(笑)」

 

 

初めての、親と離れた生活。

 

 

「高3から、数学がなくなるんですよ。

 私は数学が嫌いだったから、

 天国だ!って思いました(笑)」

 

 

部活は、弓道部に入った。

 

 

「運動部じゃなきゃダメ、って、

 親に言われてたんですね。

 弓道部、ラクそうだなって思ったけど、

 最初はすっっっごい体力づくりがキツくて」

 

 

揺らがぬ体幹を養うことが、

弓を引くことの第一条件だ。

 

 

「鬼の部長がいてですね(笑)。

 陸上部並みに走ってましたね。

 いったい私たちは何部なんだろう!

 って思うくらい走ってた」

 

 

友だちというほどの友だちは、

いなかったですと、いちかさんは言う。

 

 

「近すぎると、友だちになれないんですよね。

 違うクラスとか、部活の子とは、

 仲良くできるんですけど」

 

 

クラスメイトは6人。3年間一緒。

「閉じ込められること」も大嫌いないちかさんは、

クラスの垣根を超えて、交流できる部活が楽しかった。

 

 

「あと、夏休みに韓国に行くんですよ。

 1年生のときは2泊3日。

 2,3年生のときは2週間。

 それが本当に楽しかった!」

 

 

外へ外へ、羽ばたきたい人である。

違う場所で育った人と、

違う価値観を交換しあうことが喜びである。

 

 

どんな場所へ羽ばたいたとしても、

そこにいる人と、ある程度向き合い尽くしてしまったら、

いちかさんにとっては、新鮮味のない、

居心地の悪い、居場所になってしまう。

 

 

「いつまでもずっと続く友情」

「いつまでもずっと私の居場所」

 

 

そういったものたちを、いちかさんは、

そもそも、信じていないのだ。

 

 

「小学校の頃からの友だちもいるけど、

 会うのは1年ぶりぐらいでちょうどいい感じ」

 

 

そこに、寂しさはありますか?

 

 

「……ありますね。一応(笑)。

 本音を言えないときとかに、そう思う。

 小さい頃から、本音と建前に敏感だから、

 いろいろ先回りして、頭が疲れちゃったりとか。

 つらい時に、助けてくれる人が、

 どうして私にはいないんだろうとか、

 そういう気持ちになることはある」

 

 

そもそも、人に相談する、ということに関して、

いちかさんのハードルは、とても高い。

 

 

「自分が話をするときは、

 相手には、聞く側にまわってほしくて。

 何なら、ひと言も話さないでほしいくらいに(笑)。

 そこで相手の意見を展開されると、

『この人も聞いてくれないや……』ってなっちゃう。

 つくづく、人の話を聞くのって、

 才能だなあって思うんですよね」

 

 

「友だち」というシロモノへの要求が、

高いのかもしれないな、と、ふと思う。

 

 

「高いと思う。妥協できない。

 だから『友だち』になれないんですよね、

 ならないんではなく。

 ひとつでも『違うな』って思うと、

 スーーッと離れたくなるんです」

 

 

自分が求めるもの、そのものズバリを、

相手が返してくれないと、失望してしまう。

 

 

白か、黒か。

ゼロか、100か。

 

 

自分が欲しいものを「説明する」とか、

ほしくないものが飛んできたときに「よける」とか、

互いを理解するために「話し合う」とか、

 

 

そういう、「100」に至るまでの通過点が、

いちかさんにとっては、

思いもよらない、難作業なのかもしれない。

 

 

「そうなんですよね……

 だいぶわがままですよね(笑)」

 

 

それは、ごく、単純なことだ。

 

 

うれしいときに「うれしいです」と言う。

 

 

嫌なときには、「それは嫌です」と言う。

 

 

……以上。

 

 

自分を、伝える。

自分を、伝えることを、あきらめない。

 

 

結論なんか、永遠に出さなくていい。

 

 

ゼロでも100でもなく、

「32」とか「64」とかの喜びときらめきを、

彼女はきっと、これから知っていくのだろう。

 

 

「あと、親と離れると、

 親に感謝できるってことがわかりました。

 食材とかお金を送ってくれるし、

 私を育てるにあたって、たくさんの代償を、

 払ってくれているわけじゃないですか。

 無償の愛だなあ、何だこの神さまたち!って。

 近くにいると、イラッとするけど(笑)」

 

 

つくづく、いちかさんは、両極を揺れる人だ。

 

 

「小包には、手紙も添えてあったんですよね。

 達筆な字で、いいこと書いてあるんです。

 まだどこかに取ってあると思うな……」

 

 

ホームシックはありましたか?

 

 

「高校3年の、最後の最後、

 卒業する間近に、ありました」

 

 

部活を辞めて、自由な時間が増え、

下宿に居続ける時間が窮屈だった。

 

 

つまり、「帰りたい」のではない。

「今とは違う場所に行きたい」のである。

 

 

ここではない、どこかへ。

 

 

「だから今も、休みの日は、

 半日も家で寝てられないんですよ。

 家で寝るのは、究極に疲れたとき。

 寝るしかない!っていうときですね」