さてさて結構言語のルーツっていうのは面白いもんです。ANNAのBlogのテーマでもあるスペイン語はカスティーリャ語なんだが、ラテン語の仲間なんだそうで ラテン語のルーツはインド・ヨーロッパ語族という系統らしい。
あーーー文字じゃわかりにくいので 表を貼っておこう。
まずラテン語は古代ローマ帝国で使われていた言語です。南ヨーロッパがローマ帝国の支配下だった頃 庶民の間はいくつかの方言に分化していきました。 ゲルマン民族の大移動によって西ローマ帝国が崩壊 分断されちゃったので 今の スペイン語 ポルトガル語 フランス語 イタリア語 ルーマニア語に独自発達したのだ。
スペイン語だけを追ってみると、
5-8世紀 スペインは西ゴート人の支配によって ちょびっとゲルマン語に影響をうけるんですが 一番大きな影響を受けたのは なんとアラビア語なんでございます。
8世紀初頭 イベリア半島にイスラム教徒が侵入し大部分を支配します。生活様式がアラビア化するにつれて イスラム教徒の言語であるアラビア語が広まります。その結果膨大なアラビア語がスペイン語に流入しちゃいました。
スペイン語でオハラー、ポルトガル語でオシャラーという「~でありますように!」と願望をあらわす言葉があるのですが、これはアラビア語の「インシャアッラー」が語源であります。
あと
アラビア語 スペイン語 ポルトガル語
ルース アロース アロ(ホ)ース (お米)
サルサ サルサ (ソース)
スッカル アスーカル アスーカル (砂糖)
ムシカ ムシカ ムジカ (音楽)
などなど
その後キリスト教徒がイベリア半島を奪還した後 いくつかの小国に分かれていたので、カタルーニャ語 ガリシア語 バスク語 なんかの細かな方言が生まれ 18世紀に王立言語アカデミーが創立された時 方言の中のカスティーリャ語を近代スペイン語として明確に規定されたんですね。
ああ、長い道のりでした。
その後スペイン人がラテンアメリカを支配し 先住民にスペイン語を強要したため 今ではラテンアメリカのほとんどの国の公用語となっております。
今日は言葉の歴史のお勉強日でしたね。
あーーー文字じゃわかりにくいので 表を貼っておこう。
まずラテン語は古代ローマ帝国で使われていた言語です。南ヨーロッパがローマ帝国の支配下だった頃 庶民の間はいくつかの方言に分化していきました。 ゲルマン民族の大移動によって西ローマ帝国が崩壊 分断されちゃったので 今の スペイン語 ポルトガル語 フランス語 イタリア語 ルーマニア語に独自発達したのだ。
スペイン語だけを追ってみると、
5-8世紀 スペインは西ゴート人の支配によって ちょびっとゲルマン語に影響をうけるんですが 一番大きな影響を受けたのは なんとアラビア語なんでございます。
8世紀初頭 イベリア半島にイスラム教徒が侵入し大部分を支配します。生活様式がアラビア化するにつれて イスラム教徒の言語であるアラビア語が広まります。その結果膨大なアラビア語がスペイン語に流入しちゃいました。
スペイン語でオハラー、ポルトガル語でオシャラーという「~でありますように!」と願望をあらわす言葉があるのですが、これはアラビア語の「インシャアッラー」が語源であります。
あと
アラビア語 スペイン語 ポルトガル語
ルース アロース アロ(ホ)ース (お米)
サルサ サルサ (ソース)
スッカル アスーカル アスーカル (砂糖)
ムシカ ムシカ ムジカ (音楽)
などなど
その後キリスト教徒がイベリア半島を奪還した後 いくつかの小国に分かれていたので、カタルーニャ語 ガリシア語 バスク語 なんかの細かな方言が生まれ 18世紀に王立言語アカデミーが創立された時 方言の中のカスティーリャ語を近代スペイン語として明確に規定されたんですね。
ああ、長い道のりでした。
その後スペイン人がラテンアメリカを支配し 先住民にスペイン語を強要したため 今ではラテンアメリカのほとんどの国の公用語となっております。
今日は言葉の歴史のお勉強日でしたね。